初期宇宙の謎の天体に赤外線とX線観測で迫る

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初期宇宙に多数見つかっている正体不明の新種天体「高速度Hα輝線放射天体」について、赤外線とX線の観測データを用いた研究から、通常の活動銀河核と大きく異なる性質が示された。

【2025年12月12日 国立天文台 科学研究部

ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の観測により、高速度成分をもつ強い水素輝線(Hα輝線)を放つ天体(高速度Hα輝線放射天体)が初期宇宙に数多く見つかっている。これらの多くは非常に小さく、赤い色を示す「Little Red Dots(LRDs)」と呼ばれる天体で、近傍宇宙ではほとんど見られない新種の天体だ。

Little Red Dots
JWSTがとらえたLRDs(今回の研究の直接の対象ではない)(提供:NASA, ESA, CSA, STScI, D. Kocevski (Colby College)

高速度のHα輝線は、銀河中心の超大質量ブラックホールの周囲で物質が高速で運動することで生じる「活動銀河核(Active Galactic Nuclei; AGN)」からの放射の特徴と一致する。このことから、高速度Hα輝線放射天体の発見は「初期宇宙には予想以上に多くのAGNが存在し、超大質量ブラックホールが急速に成長していた可能性がある」という考えを強く後押ししてきた。一方で、「これらの天体が本当にAGNである」という決定的な証拠は、これまで得られていなかった。

国立天文台の小久保充さんと東京大学宇宙線研究所の播金優一さんは、これらの天体が本当に超大質量ブラックホールを持つAGNなのかを確かめるため、JWSTの赤外線カメラによる複数回の撮像観測データとX線観測衛星「チャンドラ」によるX線観測データとを組み合わせて解析を行った。

もし、これらの天体がAGNであれば、超大質量ブラックホールの周囲の降着円盤から放射される紫外線や可視光線が短い時間で明るさを変える様子や、降着円盤内縁部からの強いX線放射といった観測的特徴が見られるはずだ。しかし、対象とした5天体全ての高速度Hα輝線放射天体で、紫外線~可視光線に相当する波長域での明るさの変化はまったく検出されなかった。さらに、一般的なAGNでは必ず観測されるX線放射も検出されなかった。

高速度Hα輝線放射天体「GLASS 160133」
ちょうこくしつ座方向の高速度Hα輝線放射天体「GLASS 160133」(LRDsではない)。(上左)JWSTによる近赤外線画像(擬似カラー)、(上右)チャンドラによるX線光子カウントマップ。JWSTで検出された天体位置に対応するX線放射がまったく検出されていないことがわかる。(下)JWSTによって異なる時期に様々な赤外線波長で撮影された画像群。差分画像に何も見られないことから、これらの期間において光度変動が生じていなかったことがわかる(提供:国立天文台 科学研究部リリース)

これらの結果は、観測された天体が通常のAGNと大きく異なる性質をもつことを示唆している。従来のAGNモデルでは説明が難しく、別の物理的な仕組みが働いているのかもしれない。小久保さんたちは、激しい星形成が生み出す高速ガス流や、星からの紫外線が周囲の水素ガスで散乱されることで見かけ上速度の大きいHα輝線成分が生じる、といったシナリオを提案している。

今回の成果は、初期宇宙における超大質量ブラックホールと銀河の成長の関係や、AGNの普遍性について、これまでの理解を根本から見直す必要性を提起している。より詳細な分光観測や多波長での追観測、理論モデルの高度化などを通じて、これらの謎の天体の正体解明が進むことが期待される。

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