風より速く金星を駆け巡る雲の波
【2020年8月12日 JAXA宇宙科学研究所】
金星は、大きさ・質量が地球と似ており、地球の双子星とも呼ばれる。しかし、その地表は太陽系の惑星の中で最も暑く、摂氏465度もある。大気はほとんどが二酸化炭素で90気圧もあり、その中に硫酸の液滴からなる分厚い雲が浮かんでいる。さらに「スーパーローテーション」と呼ばれる東風が惑星全体で常に吹いており、高度約70kmの雲頂では4日で惑星を1周するほどの速さを持つ。こうした環境では、太陽系の他の惑星では見られない様々な現象が観測される。
元JAXAインターナショナル・トップ・ヤング・フェローのJavier Peraltaさんの研究チームは金星探査機「あかつき」の赤外線カメラ「IR2」の観測画像から、金星の全休にわたり高度48〜56kmの下部雲層で、光を透過する割合や雲粒子の分布といった大気の性質が大きく変化する境界「雲の不連続面」を発見した。不連続面は赤道から南北に伸びていて、時に全長7000km以上に及ぶほど大きく発達しながら、時速約330kmという金星を5日で1周する速さで移動していることがわかった。
2016年3月から2018年12月まで「あかつき」が長期にわたってとらえた「雲の不連続面」の画像を重ねて表示したもの(提供:PLANET-C Project Team, NASA, IRTF)
雲の不連続面が見つかった高度50km前後におけるスーパーローテーションは、およそ7日で1周する速さだ。不連続面がそれよりも速く移動しているということから、不連続面は大気そのものの移動ではなく、何らかの波動であると考えられる。過去にIR2カメラが5日で1周するほどの速度の赤道ジェットを観測したことがあるが、これは永続的な風ではない。
金星の雲頂以外の低い大気中で惑星規模の波動現象が見つかったのは初めてのことだ。中・下部雲層や大気は、金星地表を加熱する強い温室効果に大きく寄与しており、その領域における惑星規模の波動の発見は、いまだ謎に包まれている金星地表と大気の相互関係の理解に貢献するものと期待される。
「この不連続構造は、高度70kmに感度のある紫外線画像には見られません。発見した下部雲層の巨大な構造が波動であることを確認できたのは大変に意味のあることです。下層大気から運動量とエネルギーを運んでくる波が雲頂へ達する前に消散する、その証拠をついにとらえたと言えるのではないでしょうか。それが事実であれば、波が運んできた運動量はその場所の大気に与えられることになります。すなわち、長年の謎であった金星スーパーローテーションに寄与し得る現象であるということになります」(Peraltaさん)。
2016年8月25日~28日に「IR2」カメラが取得した画像から作成された「雲の不連続面」の動画。下部雲層(地面から高度50km付近)で巨大な「雲の不連続面」(白い楕円内)が駆け巡っている様子がわかる(提供:J. Peralta, JAXA)
過去に得られた画像を1983年までさかのぼって調べたところ、今回発見された「雲の不連続面」と同じような構造が認められた。この構造は、何十年にもわたって存在していたことになる。
この準永続的現象が発生するメカニズムについてはまだわかっていないが、「ケルビン波」がこの巨大な雲の不連続現象に関与しているのではないかというのが現時点で有力な説だ。ケルビン波は大気重力波の一つで、赤道地方で大きな振幅となり流れの下流(スーパーローテーションと同じ向き)へ伝わるという特徴を持っており、観測された現象と一致している。
ケルビン波が存在すると、他の大気波(中緯度で流れの上流へ伝わるロスビー波など)と相互作用し、そのときに生じる不安定を介してスーパーローテーションの運動量が赤道へ運ばれる。「あかつき」の紫外線カメラのデータから見出された熱潮汐波によるスーパーローテーションの維持メカニズムに加え、ケルビン波も重要な役割を果たしている可能性がある。
米・ハワイにあるNASAの赤外線観測装置「IRTF」や、スペイン領カナリア諸島にある「北欧光学望遠鏡」を用いて、金星周回軌道にいる「あかつき」と連携した追観測が行われている。金星の観測データが集まることで、様々な疑問が解決していくことが期待される。
〈参照〉
- JAXA宇宙科学研究所:35年間気づかれなかった巨大な雲の不連続面 ─ 「あかつき」IR2カメラによる観測で発見 ─
- Geophysical Research Letters:A Long‐Lived Sharp Disruption on the Lower Clouds of Venus 論文
〈関連リンク〉
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