気象衛星「ひまわり」を宇宙望遠鏡として使い、金星大気を観測

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気象衛星「ひまわり8・9号」の画像に写り込んだ金星像の分析から、約8年にわたる金星大気の温度変動が明らかになった。

【2025年7月7日 東京大学理学系研究科

金星では自転の約60倍もの速さで大気が回転している「スーパーローテーション」と呼ばれる現象が起こっており、その速さが数年単位で変化していることが知られている。

スーパーローテーションが保たれている詳しい理由は未解明だが、大気に生じる「ロスビー波」という波動や、昼側の大気が太陽光で暖められて生じる「熱潮汐波」など、惑星規模の波動構造が密接に関わっていると考えられている。

こうした大規模な波動構造を調べることは、金星大気の変動やその物理を理解するのに重要だが、そのためには長期にわたって金星の大気温度を継続観測することが必要だ。しかし、これまでの金星探査では10年を超えるようなモニタリング観測の例はなかった。

そこで、東京大学の西山学さんたちの研究チームは、気象衛星「ひまわり8・9号」の画像にたまに写り込む金星の像に着目し、これを分析することで金星大気の輝度温度を求めることに成功した。

「ひまわり8号」の画像に写り込む金星
気象衛星「ひまわり8号」が撮影した画像に写り込む金星(2018年8月11日18:00(世界時)撮影)。このように偶然に金星が写り込んだ画像を解析して、金星雲頂の様々な高度の輝度温度を測定できた(提供:東京大学リリース)

2機の衛星に搭載されている可視光線・赤外線放射計(Advanced Himawari Imager; AHI)は、可視光線3バンド、近赤外線3バンド、赤外線10バンドの計16バンドで観測できる。この複数の赤外線バンドを使い、金星大気のいくつかの高度での温度変化が観測された。そのデータから、温度の時間変動が熱潮汐波と同じパターンで時間変化していることが明らかになったほか、ロスビー波の温度ゆらぎの大きさが高度によって異なり、時間変化もすることが初めてわかった。

今回わかった金星大気温度の時間変動を金星大気の循環モデルと比べることで、いまだ解明されていない金星大気の長期変動の要因が明らかになり、地球よりずっと厚い大気で起こる様々な物理現象についても理解が進むと期待される。

金星大気温度の長期変動
2015年7月から2025年2月までの金星大気温度の変動。各点の色は「ひまわり8・9号」の赤外バンドの番号を示す(提供:Nishiyama et al. (2025)、以下同)

ロスビー波の振幅の高度依存性と時間変化
ロスビー波の振幅の高度による違いとその時間変化。2015年と2023年に観測された5日波のデータを表す。星印が観測値、網掛けが観測誤差の範囲。黒の破線は金星大気の循環モデルを使って「ひまわり8・9号」の観測結果を模擬した場合の、温度振幅の高度依存性を示す。上の軸の数字は8・9号のバンドと観測高度の対応を示す

さらに今回、「ひまわり8・9号」のデータを他の探査機の較正に利用する試みも行われた。8・9号で金星が写る期間に、日本の金星探査機「あかつき」の中間赤外線カメラ(LIR)と、水星探査機「ベピコロンボ」の赤外線分光計(MERTIS)でも金星の観測が行われ、これらで得られたデータを使って各探査機の機器どうしの定量比較を行い、LIRの輝度温度を較正する新しい定量的指標などを得ることができた。

気象衛星を金星観測に使う方法は「ひまわり」以外の気象衛星でも実行可能で、今回の研究で金星大気温度を継続観測する新手法を確立できたと言える。

「あかつき」は2024年4月末から通信が確立できなくなっており、次の金星探査ミッションが行われるまでは、宇宙空間から赤外線で金星を観測できるのは気象衛星だけとなる可能性もある。今回の手法なら今後も金星大気の長期変動を明らかにする貴重な観測データを得ることができ、金星大気研究に大いに役立つと期待される。