宇宙の錬金術を観察するカギ、赤外線域の吸収線を多数同定

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赤外線スペクトルに現れる吸収線の系統的な調査研究から、9種類の重い元素によって生じる23本の吸収線が同定された。中性子星連星の合体などで生じる元素がどのように宇宙で増加してきたのかを探るための貴重な観測指標となる。

【2020年1月15日 東京大学大学院理学系研究科・理学部

すべての元素は、ビッグバンの時点で形成されていた水素、ヘリウム、リチウムといった最も軽い元素を除き、恒星内部での反応や中性子星連星の合体、超新星爆発といった天体現象によって合成され、宇宙の中で増えてきた。それぞれの元素がどのように増えてきたかという宇宙の「化学進化」の歴史を知るためには、元素合成現象がどのような頻度で起こってきたのかを明らかにする必要がある。さらに化学進化をたどるうえでは、進化の各時点でのガスから誕生した恒星の化学組成を測定することが重要となる。

恒星の化学組成の測定に欠かせないのが、スペクトルに現れる吸収線に関する情報だ。可視光線のスペクトルについては長年の研究から比較的正確な情報がすでに蓄積されているが、赤外線スペクトルを詳しく解析するという研究は発展途上にあり、基本的な情報もまだ確立されていない。

東京大学大学院理学系研究科の松永典之さんたちの研究チームは、0.97~1.32μmの近赤外線波長域のスペクトルに現れる、「中性子捕獲元素」と呼ばれる原子番号の大きな元素による吸収線を調べた。

松永さんたちはまず、対象とする重い元素の吸収線がどの波長にあり、観測できる強度で現れそうかどうかを予測し、14種類の原子・イオンによって生じる108本の吸収線候補を列挙した。続いて、実際にそれらの吸収線が存在するか、その強度が恒星の温度によって変化する様子が予想通りに見られるかどうかを、京都産業大学神山天文台の荒木望遠鏡に取り付けられている赤外線高分散分光装置「WINERED」が取得した13個の恒星の観測スペクトルを使って調べた。

その結果、亜鉛やストロンチウム、ユーロピウムなど9種類の原子・イオンによって生じる合計23本の吸収線の存在を確認できた。約半数は過去の研究で恒星の観測スペクトルに存在することが報告されていたものだが、残りの半数は世界で初めて観測的に存在が確認されたものである。また、残る85本については吸収線が存在しないか、あるいは理論計算の推定よりずっと吸収強度が弱いということになり、この結果は現在の吸収線リストに誤りが多いことを示している。

9種の元素の吸収線
今回の研究で吸収線が確認された9種の元素それぞれの吸収線。複数の吸収線を検出した元素もあるが、そのうちの1本ずつについて、1天体の観測スペクトルを選んで図示。赤色の階段状のグラフが観測スペクトルを、背後の灰色の曲線が対象とする吸収線を含めない場合に期待される理論的なスペクトルをそれぞれ表す。9種の元素は、亜鉛(Zn)、ストロンチウム(Sr)、イットリウム(Y)、ジルコニウム(Zr)、バリウム(Ba)、セリウム(Ce)、サマリウム(Sm)、ユーロピウム(Eu)、ジスプロシウム(Dy)(提供:東京大学)

吸収線が見られた9種類の元素は中性子捕獲元素に分類され、中性子星合体などの比較的まれにしか起こらない天体現象で合成されるものだ。まれにしか起こらないとはいえ、天体現象が元素(特に鉄よりも重い元素)の合成に重要な役割を果たしているのは間違いなく、こうした元素がどのように宇宙で増加してきたのかを探るための貴重な観測指標となる。たとえば今回も確認されたストロンチウムの吸収線は、2017年に世界で初めて重力波と電磁波対応天体が検出された現象「GW170817」を観測したスペクトルにも存在していたと報告されている(参照:「連星中性子星の合体からの重力波を初検出、電磁波で重力波源を初観測」)。

これら9種類の元素に対しては可視光線スペクトルに吸収線が存在することが知られていたが、可視光線よりも赤外線で明るい天体も多いことから、今後宇宙の化学進化を調べる研究において今回発見した吸収線が重要な役割を果たすと期待される。

研究成果の概念図
今回の研究成果の概念図。中性子星どうしの合体が起こって元素が合成されるのと同時に重力波が発生している想像図に、今回の研究で検出した吸収線のスペクトルを重ねている。中性子捕獲元素がいくつも合成され、それぞれの元素による吸収線が見られる(提供:国立天文台、東京大学)