小惑星になった比嘉さんを「偲ぶ」

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2015年に50歳の若さで急逝された比嘉義裕氏を「偲ぶ会」が、宮城県仙台市にて開催された。

【2018年12月27日 星ナビ編集部

報告:吉田裕さん(偲ぶ会世話人)

比嘉義裕さんは「星ナビ」のライターだけでなく、サイエンスカフェの開催、流星痕の観測、天文愛好者を支援育成する活動、天体観望会でのイベント保険の活用提案、一般市民向けの、わかりやすく安全な天体観望会実施など、さまざまな活躍をした天文コミュニケーターでしたが、惜しくも2015年に50歳の若さで急逝されました。

彼の名前を小惑星に命名したいという思いで、比嘉さんの活動に賛同した有志で、活動してきましたが、東亜天文学会彗星課長の佐藤裕久さんにご尽力いただき、このたび「小惑星 (19210) Higayoshihiro」として、コメットハンターの関勉先生が発見した小惑星への命名を提案して、MPCに受理されました。


参加できなかった方からのメッセージを読む発起人の原田敦さんと、世話人の高橋博子さん。(右)記念の盾は福島県の薄謙一さんが贈呈してくださいました。画像クリックで表示拡大(撮影:吉田裕、以下同)

命名を記念して、比嘉さんのホームグラウンドであった宮城県仙台市にて「偲ぶ会」を開催しました。参加者は、ご家族を含め比嘉さんと交流があった全国各地から37名にのぼり、あらためて比嘉さんの活動の広さ、深さを感じました。国立天文台副台長渡部潤一先生の献杯に始まり、参加の皆さまによる、明治大学天文部時代の思い出、流星痕の観測活動、サイエンスカフェの話などをさまざまな思い出を話していただきました。


比嘉義裕さんの写真を手に、参加者の皆さんへ挨拶をされる奥様の牧子さん。11月10日、宮城県仙台市の東北大学片平キャンパス内のレストラン萩にて

今回都合により参加できなかった方々からは、たくさんの心温まるメッセージやお花が届き、メッセージは仙台市天文台の高橋博子さんに代読していただきました。皆さんのお話に共通しているのは、初めて会ったときからまるで数十年来の親友のように付き合ってくれた比嘉さんの人柄、悩んでいる人と正面から向き合い、真剣に相談に乗る面倒見の良さ、また疑問に思ったことや間違っていると感じたことには徹底的に向き合ってきたことでした。

3時間の会は楽しくあっという間に過ぎてしまいました。比嘉さんの築いてきた活動は、これからも彼の活動に触れた方々に受け継がれていくことになるでしょう。

※詳細は星ナビ2019年2月号に掲載します。

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