理論をくつがえす? 銀河団から取り残された暗黒物質

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【2012年3月5日 HubbleSiteNASA

巨大な銀河団の衝突現場から、銀河の群れから分離し、取り残された暗黒物質(ダークマター)が発見された。暗黒物質の存在する場所には明るい銀河もあるはず、というこれまでの理論をくつがえすものだ。


今回の観測結果

衝突銀河団「Abell 520」

衝突銀河団「Abell 520」の擬似カラー画像。オレンジ色は銀河に含まれる星の光。青が暗黒物質の分布。緑は高温ガス。クリックで拡大(提供:NASA, ESA, CFHT, CXO, M.J. Jee)

ハッブル宇宙望遠鏡による観測で、25億光年かなたの巨大な衝突銀河団「Abell 520」において、コア状の塊となった暗黒物質(ダークマター)が銀河団の間の空間に取り残されている様子が見つかった。従来の理論では、銀河と暗黒物質はお互いにくっついているはずだが、その暗黒物質の塊に含まれる銀河の数は非常に少なく、銀河団の衝突によって銀河だけが分離して飛んでいったように見える。これは驚くべき結果だった。

実はこの様子は2007年にも観測されていたが、あまりに意外な結果にデータに不備があるとされていた。だが今回の観測で、改めて事実であることが確認された。

従来の研究

暗黒物質は「ダークマター」とも呼ばれ、80年前にその存在が明らかになった。直接観測することができない特殊な物質であるため、天体からの光がその重力によって歪む「重力レンズ効果」からその存在を検出する。また、銀河と銀河とをつなぐ「重力ののり」のようなものとも考えられている。

暗黒物質の一般的な性質を調べる方法のひとつとして、銀河団同士の衝突を分析することがある。銀河団が衝突するときは、銀河はひもにつながれた犬のように暗黒物質に引っ張られたままで離れず、銀河間ガス雲だけがお互いに衝突・減速し取り残される、というのが従来のシナリオだった。これは、ふたつの銀河団の衝突現場「弾丸銀河団」の観測結果ともつじつまが合うもので、このような銀河の群れの形成は、暗黒物質による作用の典型的な一例とされてきたのだ。

今回の発見の詳細と新たな謎

だが、ことはそう単純ではなかった。今回観測された「Abell 520」の中心部では、暗黒物質や高温ガスは豊富に存在するが、暗黒物質と同じ場所で見られるはずの明るい銀河は見あたらなかったのである。謎を解消するべく「ハッブル宇宙望遠鏡」で確認したものの、2007年の疑問を蒸し返す結果となってしまった。

「Abell 520」が例外なのか、それとも暗黒物質に対する天文学者たちの理解に誤りがあったのか?研究を行ったJames Jee氏(カリフォルニア大学)は、即断は出来ないと言う。

「銀河団の高速衝突現場における暗黒物質の分布図が、これまで6例ほどあります。その中でも「弾丸銀河団」と「Abell 520」は、最近の銀河合体の痕跡をくっきりと残しているものですが、その観測結果はお互いに全く矛盾しています。現時点では、この2つの例における暗黒物質の対照的なふるまいを説明することは、同一の理論では不可能です。より多くの例を探る必要があります」(Jee氏)。

謎を解明する3つの説

この矛盾を説明する解決策は未だ見つかっていないが、可能性のある仮定がいくつか挙げられている。ひとつは、「Abell 520」は2つではなく3つの銀河団が衝突してできた複雑な相互作用によるものであったことによる違い。2つ目は、暗黒物質が何か「ネバネバするもの」であること。従来の考えでは、暗黒物質は普通の物質の場合と違い、ぶつかって減速することなくお互いを通り過ぎると思われていたが、この仮定シナリオであれば、暗黒物質はお互いにぶつかりその場に取り残されるという。3つ目は、暗黒物質のコアに数多くの銀河が存在するものの、ほとんど星を作らず、暗すぎて観測できない、というものだ。

研究チームではこの奇妙な謎を解明するべく、「ハッブル」のデータからコンピュータ・シミュレーションで衝突を再現して検証を行う予定だ。

注:「高温ガスと暗黒物質」 高温ガスはNASAのX線天文衛星「チャンドラ」、暗黒物質はカナダ・フランス・ハワイ(CFHT)望遠鏡とすばる望遠鏡による検出。