すばる望遠鏡、銀河団に広がる電離水素ガス雲を多数発見

【2010年11月12日 すばる望遠鏡

すばる望遠鏡がかみのけ座銀河団を観測し、銀河14個が電離水素ガス雲をともなっていることを明らかにした。1つの銀河団からこれほど多くの電離水素ガス雲を伴った銀河が発見されたのは初めてのことだ。さらに銀河の性質や空間および速度分布などもわかり、銀河団における銀河の進化の現場をとらえた重要な成果となった。


(かみのけ座銀河団の中の銀河から流れ出す電離水素ガスの画像)

かみのけ座銀河団の中の銀河から流れ出す電離水素ガス。青(Bバンド)、緑(Rバンド)、赤(Hαバンド)でカラー合成し、Hαだけで光っている部分は真っ赤に見えている。クリックで拡大(提供:すばる望遠鏡、国立天文台、以下同じ)

αバンドの画像からRバンドの画像を差し引いた画像

Hαバンドの画像からRバンドの画像を差し引いた画像。白い部分(緑の線で囲まれた部分)が電離水素ガスの放射の強いところ。赤い線で囲まれているのが親銀河の中心付近の明るい部分。クリックで拡大

宇宙には何百何千もの銀河が集まる「銀河団」とよばれる構造がある。銀河団には楕円銀河やS0銀河(レンズ状銀河)など星生成を止めてしまった銀河が、他の環境よりも多くの割合で存在している。しかし、どのようなメカニズムで銀河の種類の構成の違いができたのか、また「どうして銀河団では星生成が止まっている銀河が多いのか」について、観測的にはまだじゅうぶんに解明されていない。

国立天文台、東京大学、広島大学ほか、海外の研究者も含めた研究グループは、水素のHα輝線(注1)が検出できるような特殊なフィルターを使って、かみのけ座銀河団をすばる主焦点カメラ(Suprime-Cam)で観測した。かみのけ座銀河団は地球から約3億光年の距離にあるもっとも近い銀河団の1つで、淡く広がった電離水素ガス雲を伴った銀河が過去に発見されている(参照:ニュース「すばる、銀河からまっすぐにのびる謎の水素ガス雲を発見」、「銀河から飛び出す火の玉、すばる望遠鏡が発見」)。

観測の結果、銀河の外にまで広がった電離水素ガス雲を持つ銀河が14個存在していることが明らかになった。電離水素ガスの多くは画像に見られるように、かみのけ座銀河団に属する銀河から流れ出ているような姿をしている。これらの電離水素ガスのいくつかは微光天体分光撮像装置(FOCAS)を用いた分光観測が行われ、ガスが銀河とほぼ同じ後退速度(注2)でわたしたちから遠ざかっていること、つまりガスと銀河が偶然重なって見えているのではないことが確認された。

電離水素ガスは銀河から流れ出てきたと推測されている。流れの大元である電離水素ガスの「親銀河」を詳しく調べたところ、親銀河の大部分が現在も活発に星を形成中、あるいはつい最近まで星形成を行っていたことが明らかになった。また、親銀河の大部分はかみのけ座銀河団の重心に対し、毎秒1000km以上の速度差をもって運動していることもわかった。

これらのことから、銀河の外に広がった電離水素ガスは銀河団の周辺にいた親銀河が銀河団の重力に引き寄せられて銀河団に取り込まれ、その際に銀河団中の高温ガスや銀河団内の重力場による潮汐力ではがされたのではないかと考えられている。引きはがしの際、もともとガスの少なかった軽い銀河はすべてのガスを失い星形成が止まったのだろう。一方、重い銀河は星形成を続けると予想されており、親銀河の重さと星形成に実際に関係があることも観測から確かめられたという。

電離水素ガス雲は過去にも数個の銀河団で1〜2個だけ見つけられていたが、今回のように1つの銀河団で多くが見つかり、親銀河の性質や空間分布や速度分布を含めて明らかになったのは初めてのことだ。広がった電離水素ガスが作られたメカニズムに関する状況証拠がかなり明らかになり、銀河団に落ち込んでくる銀河に関する情報なども得られた。

一方、銀河からはがされたガスがどのように電離してHα輝線で光り続けているのか、銀河団の中では一体何が起きているのかについては、まだわかっていない(注3)。広がった電離ガスは、遠いものでは親銀河から30万光年以上離れた位置で光っているが、親銀河からここまでたどり着くには1億年以上かかったと考えられている。このような遠くの場所でも銀河のすぐ近くの場所でもHα輝線があまり違わない明るさで光っていることから、ガスを光らせるメカニズムは1億年くらいの間うまくエネルギーを保ち続けていることになる。しかし、継続的にHα輝線を発することを可能にするようなメカニズムはまだ解明されていない。

研究グループではその謎を解く手がかりをつかみ、銀河団でどのように銀河やガスが進化しているのかを明らかにするため、今後も電離水素ガス雲の様々な場所を分光観測して温度や密度の状態を調べる予定である。

(注1)Hα輝線とは、電離した水素が電子と結合して中性になるまでに放たれる輝線のひとつで、波長は656nm。人間の目には深い赤色に見える。また、かみのけ座銀河団では宇宙膨張により波長が少しだけ赤方偏移して、670nm付近で観測される。

(注2)天体が我々から遠ざかってみえる速度を後退速度とよぶ。宇宙膨張により銀河は遠方にいくほど大きな後退速度をもつことになり、一般的には異なる距離にある天体は異なる後退速度で観測される。

(注3)Hα輝線が放たれた後には、電離水素ガスが中性になる(注1参照)。水素は中性状態の方が電離状態よりも安定なので、このままではHα輝線を発することはない。Hα輝線で光り続けるためには、何らかのエネルギーを中性水素ガスに与えて再度電離させなければならない。しかしこのエネルギーが大きすぎると電子の温度が上がって完全に電離した高温プラズマとなる。こうなると電子は電離水素と結合することができず、逆にHα輝線を発しなくなる。Hα輝線で長期間光り続けさせるためには、エネルギーを加えつつも熱しすぎないようにすることが必要なのである。