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天文雑誌『星ナビ』連載中「新天体発見情報」

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138(2016年9月)

2017年2月3日発売「星ナビ」2017年3月号に掲載

メリシュ彗星(1915 R1)とボリゾフ彗星(2016 R3)

今より約100年前の1915年9月13日早朝、米国ウィリアムズベイのメリシュは、しし座の中を南東に動く9等級の新彗星を発見します。彗星は、ヤーキス天文台のバンビースブルックによって9月18日から20日、リック天文台のエイトケンによって9月19日から23日まで観測されます。しかし、すぐ太陽の光芒の中に消えてしまい、その後の観測は得られませんでした。結局、報告された位置観測は9月19日から23日までに行われた7個だけでした。

これは、この彗星の近日点通過(T)の時期が秋の場合、彗星の軌道(T=1915年10月13日、q=0.4637au、ω=116.33°、Ω=77.60°、i=52.39°)の関係で、もっとも観測条件の悪い出現となってしまうことによります。彗星が遠方から太陽に近づいてくる間、惑星の引力(+非重力効果)は、その軌道の形には大きな影響を与えません。しかし、たとえほんの微々たる力でも、その近日点通過は時々刻々と変化します。たとえば、この彗星が春頃に近日点を通過すれば6等級まで明るくなる可能性がありました。

ちょっとした惑星の引力のいたずらが、彗星の観測好機を良くしたり悪くしたりしているのです。世紀の大彗星の一つであったともいわれているヘール・ボップ彗星(1995 O1)も、惑星のいたずらがもっと大きかった(あるいは小さかった)場合、より巨大な彗星になったはずなのです。たとえば、近日点通過が4か月ほど早かった場合、あるいは、8か月遅くなっていた場合、-7等級以上の明るい彗星になっていました。ヘール・ボップ彗星には、非重力効果も観測されています。この効果がちょっと違えば、もっと異なった近日点通過となったはずです。大自然のいたずらですが、まことに残念無念でした。

その発見から100年が過ぎた2016年9月14日01時04分にドイツのマイク(メイヤー)から1通のメイルが届きます。そこには「地球接近小惑星確認ページ(NEOCP)にある16等級の天体gb00098は、まだ観測期間が短いが、軌道決定を試してみると、T=2016年10月10日、q=0.4546au(0.4478au)、ω=117.25°(117.95°)、Ω=78.48°(78.71°)、i=52.66°(53.03°)となる(括弧内は最終軌道の要素)。この軌道から検索の結果、1915年9月に出現したメリシュ彗星(1915 R1)とそっくりの軌道となる。観測を結んでみたいが1915年の観測が見当たらない」という指摘が書かれてありました。マースデンの彗星カタログ最終版をみると、掲載された1915 R1の軌道は「1915年9月20日から23日に行われた3個の観測から他の観測を参考にしながら軌道決定された」となっています。私も、彗星の観測をマースデンが収集した観測ファイル(公開されていない)から探しましたが見つかりません。そこで最近、古い観測を積極的に収集している群馬の小林隆男氏に01時17分に『メイヤーから次のような同定が届いています。しかし観測がありません。観測を調べていただけませんか。マースデン・カタログでは観測は3+になっています』とこの彗星の観測を探してくれることを頼みました。

01時33分には、ギャレット(ウィリアムズ)から「メリシュ彗星の観測期間は、わずかに4日と極端に短い。しかし、軌道の類似性から考えると同定できる可能性はあるだろう。新彗星の観測を待とう……」というメイルが届きます。私も、同彗星が周期彗星として、2016年にうまく戻ってくるかを調べました。彗星の周期は、彗星が1公転したものとすると約100年、2公転だと50年、3公転だと33年、4公転だと25年……、となります。とりあえず長いほうから調べ、02時42分にマイクに『多分、同定は正しいと思う。今の段階で、彗星が1915年から2016年の間に何公転したのかわからないが、仮に1公転だと、2016年出現の軌道の周期は102.8年で2つ彗星の近日点通過は、ほぼ一致する。もちろん今期の観測が伸びて、楕円軌道が計算され、周期が求まれば、これははっきりとするだろう』というメイルを送りました。

しかし、今期の観測が伸びる可能性はまずありません。というのは、今回の近日点通過は、マイクが与えているように2016年10月10日です。つまり1915年の近日点通過(1915年10月13日)とほぼ同じです。ということは、軌道の形が同じであるこの新彗星は、すぐ見えなくなります。『何と間の悪い彗星か……』というのが実感でした。その日の朝(9月14日)の07時34分に小林氏より「おはようございます。出勤前のわずかな時間で調べましたら、下記の情報が見つかりましたので、取り急ぎご連絡いたします。帰宅後に再調査を行います。なお、BULLETIN 589の観測の分点は、1915年でしょうか」という連絡があります。これで1915年の観測は入手できそうです。その日の昼間13時18分に東京の佐藤英貴氏から、米国オーバリーにある61cm望遠鏡による9月12日に行ったこの天体の観測が届きます。氏の観測では「天体gb00098には8″の強く集光したコマと西に20″ほどの尾があるように見え、CCD全光度は17.9等」とのことでした。16時15分になって、小林氏に『多分、元期は1915年初ではないですか。メイヤー氏主催のCOMET-MLを見ていますか。氏は、2016年に行われた10個の観測から決定した軌道を元に彗星が1公転したものと仮定して、1915年に戻した軌道をCOMET-MLに投稿しています。この軌道の1915年のTは1915年10月13日、その周期は102.5年となっています。うまく戻りそうですね……』という返信を送りました。

19時19分に小林氏から、当時の基準星をヒッパルコス・カタログで置き換え、新たに整約し直した1915年の観測が届きます。そこで20時16分に氏に『ご苦労様です。COMET-MLのものとTime(位置も)が違いますが、大丈夫ですか。下記で良ければ、ウィリアムズに送っておきます。連結軌道は、どうですか。もっと悩まなければいけないのかもしれませんが、P=102年ではうまく連結できません』という返信を送りました。すると20時51分に「文献AJに1916年のヤーキスの精測位置(3個)が出ていました、すみません。以下が最終結果(7個)です。時刻は、HCO 589の値(時刻)が0.5日ずれています。文献AJとLick No.293の時刻が正しいものです。私も、連結軌道は今のところうまくいきません。2016年の離心率をe=0.979676とすると、1915年に近日点を通ると思うのですが……。それと、2016年の光度が暗すぎるのが気になります」という連絡があります。さっそく、氏が整約の最終結果とした1915年の観測から軌道を決定しました。そして、21時17分に『最初にもらった観測のほうが残差の分布が良かった。とにかく、こんなに似ているからどこかに解があると思うけど……』というメイルを返しておきました。このメイルは、ギャレットにも21時31分に送付しました。

するとギャレットからは、22時43分、23時03分、23時17分に小林氏の整約についていろいろと質問が届きます。そこで23時07分に『私はTakao Kobayashiの軌道計算、整約には全幅の信頼をおいている。これまで、チェックなしにそれらを使用してきたが、なんら問題はない。お前も彼を信じろ……』というメイルを返しておきました。その日の明け方、9月15日02時07分には、マイクからも1915年の観測が届きますが、それらは信憑性に欠けるものでした。そのため、小林氏の整約した観測を02時33分に送付しておきました。03時00分にマイクからは「観測をありがとう。連結軌道がうまく収斂しない。どの軌道にも系統だった残差が残る。今後に新彗星を長期間観測できるなら(その可能性は低いが…)周期がはっきりするだろう。もしそれが準放物線であったならば、メリシュ彗星の分裂核の1つであるかもしれない」というメイルが届きます。

その日の朝07時27分には、小林氏から「ギャレットから教えてほしいと問い合わせのあった、リックの観測の比較星の座標と離角が記載されている文献名」の連絡がありました。その日の夜には、一応の連結軌道の計算が終了しました。そこで9月16日00時08分に、周期を100年で計算した連結軌道とともにその情報をギャレットに送付しました。しかし、この軌道の1915年の観測の残差には+0.2°ほどの系統だったずれが残り、2つの彗星が同じであると確認できるものではありませんでした。00時16分にギャレットから返信が届きます。そこには「アハ…、ありがとう。俺はそれを見落としていたよ。俺も、彗星がこの100年間に1、2、3、4公転したものとして連結を試みた。しかしいずれの周期でも、お前が送ってきた残差と同じように2回の出現はフィットしなかった。もしその後の観測が報告されたとき、この彗星が準放物線軌道となるならば、100年前に彗星が分裂したということになるのだろうか……」と書かれてありました。

小林氏が問題とした「2016年の光度が暗すぎる」ということについて、COMET-MLにクラウドクラフトのヘール氏が41cm反射望遠鏡で行った眼視観測では「9月14日に12.9等だった」という報告が掲載されました。CCD全光度では、おおまかに17等級で観測されている彗星ですが、眼視ではそれより4等級ほど明るいことになります。1915年出現時、彗星は9等級で観測されました。その標準等級はH10=10.2等ほどとなります。また、ヘール氏の眼視光度から、今回の標準等級はH10=13.2等となります。つまり、彗星の明るさには大差がなくなってきました。

そこで、ギャレットには00時35分に『私は彗星が1915年出現時(あるいは、それ以前)に分裂したとは思わない。周期の長い周期彗星は、太陽の近傍近くで急激に明るくなることが多いと私は思っている。もちろん例外もあるだろうが、彗星はこれから増光するのではないか。もし我々にそれが観測できるならば……』という返信を送っておきました。ただ、マイクからは、01時10分に「周期が100年くらいであると私はまだ考えているが、もし準放物線を動く彗星であっても、過去にも分裂した彗星が時期をおいて、C/1988 A1、1996 Q1、2015 F3のように発見された彗星群もあるので、そういう可能性もあるだろう」という意見も届きました。

さらにその日(9月16日)夜、20時33分にマイクから「連結軌道から多少大きな残差を示すウクライナの観測を調べてみた。9月16日に行われた新しい追跡観測を加えて一般軌道を決定すると、彗星の離心率は1.017となった。これらの観測に何か問題があるのではないか。もちろん、観測期間は5日と短いが……」という結果が送られてきます。その直後の20時41分にギャレットは「彗星が太陽近く、低高度にあることも影響しているのだろう」と反応しました。しかし私には、これらの観測が悪いとは思われません。そこで21時08分に『私は、表記の観測に問題があるとは思えない。下に示したとおり、彗星の軌道は放物線あるいは周期を102年と仮定しても、なんら問題なく改良できる。ところで、9月14日のヘールの眼視光度から彗星の標準等級はH10=13.2等となる。これは、1915年出現時のH10=9.5〜10.5等と大きく違わない』と反論しておきました。このメイルは、スペインのゴンザレス氏に眼視観測を依頼するために氏にも送付されました。しかし、これらの結果からダン(グリーン)は22時57分にCBET 4321を発行しました。そこでは、新彗星には新しい名前が与えられ、ボリゾフ新彗星(2016 R3)となったことが公表されます。もし、仮に新彗星が1915年出現の彗星と同定されていた場合、彗星名はメリシュ彗星(1915 R1=2016 R3)となったはずです。

それから2日が過ぎた9月19日02時21分になって、ゴンザレス氏から「残念ながら、ここ数日、天候が優れず観測できなかった」というメイルが届きます。また位置観測も、残念なことに案の定、9月24日に報告された観測を最後に、9月11日に発見されたあと、わずかに13日間に行われた66個の観測が報告されただけで終了してしまいました。結局、同定の成否に決着がつかないまま彗星の観測が終了してしまったことになります。なお、1915年と2016年の観測をもっとも表現できる周期は34.3年(つまり、彗星がこの間に3公転している)となります。この周期でも、1915年の観測は+0.05°(約3′)より良くはなりませんでした。

144P/串田周期彗星の増光

八ヶ岳南麓天文台の串田嘉男氏によって1994年(近日点通過は1993年)に新小惑星捜索中に発見されたこの彗星は、その発見以来4回目の回帰を迎え、チリのアタカマ高原にある40cm望遠鏡でモーリらによって7月31日と8月2日にとらえられました。光度は核光度で16等級でした。さらに日本でもその直後からとらえられ、8月7日に上尾の門田健一氏が15.3等、山口の吉本勝己氏が15.4等、八束の安部裕史氏が8月8日に15.4等、栗原の高橋俊幸氏が8月9日に15.3等、東京の佐藤英貴氏が8月12日に14.4等(集光した15″のコマ)と観測されました。大泉の小林隆男氏が計算した予報軌道(NK 2523(=HICQ 2016))からの再観測位置のずれは、赤経方向に-170″、赤緯方向に+32″で、近日点通過時の補正値にしてδT=+0.11日でした。

9月10日01時20分にスペインのゴンザレスから「9月9日の明け方の空、低空にこの彗星をとらえた。予報より明るく、9.2等(コマ視直径6′)まで増光している。天文薄明と強烈な黄道光の中、地平高度+16°での観測……」とこの彗星が9等級まで増光していることが報告されます。これは、HICQ 2016にある予報光度より約4等級以上増光していることになります。彗星は、その少し前の8月下旬以降には、CCD全光度が長野の大島雄二氏が8月20日に14.3等、門田氏が8月22日に14.2等、大島氏が8月31日に13.8等、佐藤氏が9月1日に13.9等、4日に13.3等(強く集光した60″の淡いコマ)と観測していました。CCD全光度は、眼視観測とは通常2等級ほど暗く見積もられますが、佐藤氏の観測まではHICQ 2016にある予報光度に近い明るさで観測されています。そのため彗星は、佐藤氏の観測の後、9月上旬に増光したようです。

さらにゴンザレス氏から10月1日02時41分に届いた報告では、氏は9月29日に強烈な黄道光の中、地平高度+19°の位置でこの彗星の眼視全光度を8.9等(コマ視直径8′)と観測しました。つまり、予報光度よりさらに明るく増光していることになります。そこでこれらの情報を、10月1日17時20分にOAA/CSのEMESで観測者に連絡しました。[次号に続く]

※天体名や人物名などについては、ほぼ原文のままで掲載しています。