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天文雑誌 星ナビ 連載中 「新天体発見情報」 中野主一

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079(2010年12月)

M33に出現した新星 M33N 2010-12a

2010年12月12日00時23分に大崎の遊佐徹氏から、九州の西山浩一・椛島冨士夫氏が発見したアンドロメダ銀河(M31)に出現した新星状天体(PN)の発見1日前の観測の報告がありました。そこには「先ほどは携帯にて失礼しました。カーボンコピー(CC)のとおり、PNの確認を中央局に報告しました。なにか不備ありましたら、お知らせください。ところで、板垣さんや椛島さんらから、M31やさんかく座のM33に出現した新星の発見報告が何度もありますので、最近、観測の始めに、望遠鏡の調整を兼ねて真っ先にM31に向けることにしていました。発見前の「ない」という観測にでもなれば、少しは何かの役にも立とうかと考えてのものでした。まさか1日前の出現をとらえていたとは思ってもいませんでした。それとともに、自分の未熟さを痛感した思いです」と書かれてありました。そこで遊佐氏には03時36分に『ご苦労様でした。銀河系内の新星出現は、地球からは星間物質によって発見が妨げられる。しかも、近距離のものしか発見できないのと違って、M31やM33はその全体の発見ができます。従ってその数は多いはずです。時間がとれれば、撮影時にチェックされた方がいいでしょう』という返信を送っておきました。

そのメイルから遊佐氏がM31やM33の新星捜索をしているらしいことを知りました。それから約5日後の12月17日夜のことです。寒波が来襲し、寒い夜でした。遊佐氏から九州の西山・椛島氏がM31に発見した別の新星状天体の確認観測が12月17日20時50分に届きます。そして、その3時間後の23時53分、遊佐氏から携帯に「M33に新星状天体を発見しました。発見報告はちょっと前に送りました」という連絡があります。『えっ、もう発見……。それはまた早いですね……。まだ自宅にいるので、中央局にはそちらから報告してください』と伝えました。メイルを見ると、その氏の報告は23時52分に届いていました。そこには「大崎生涯学習センターにある30cm f/7.0カセグレン望遠鏡+CCDを使用して、2010年12月17日夕刻、18時56分に90秒露光でさんかく座にある系外銀河M33(=NGC 598)を撮影した捜索画像上に、16.6等の新星らしき天体を発見しました。この新星の出現は、その後19時16分までに撮られた12枚の画像上に確認しました。その間、移動はありません。この新星の姿は、2010年12月8日と10日に撮影した過去の捜索画像上、および、DSS(Digital Sky Survey)にも写っていません。なお、自宅に戻ってから22時40分頃にこの新星を発見しました」という報告がありました。その5分後の22時57分には、山形と上尾にもこの星の確認依頼が送付されていました。

上尾の門田健一氏からは、12月18日00時26分に遊佐氏宛に「撮像を始めました。90秒露出の画像4枚のコンポジットで写っているようです。強烈な月明かりでS/Nが低いため、しばらく撮像を続けます。スカイは45,000カウントほどです」という連絡が送られています。遊佐氏は、00時26分にダン(グリーン)宛にこの発見を報告しました。自身で報告したことは、00時30分に携帯に連絡がありました。その16分後の発見同夜12月18日00時46分には、当時栃木の観測所に出張中の山形の板垣公一氏より「栃木での観測です。過去画像にないPNが確実に存在します。30cm f/7.8反射望遠鏡での観測です。遊佐さん。おめでとうございます」という連絡と「その出現位置、18日00時28分には、その光度が16.4等であった」という確認結果が届きます。さらに01時31分に門田氏から「25cm f/5.0反射望遠鏡で12月18日00時31分に確認したところ、光度は16.7等。仮ですが……、M33の新星発見、おめでとうございます」という報告があります。そして01時46分には、遊佐氏から「深夜、突然のお願いにも関わらず、ご親切に迅速に対応いただき本当にありがとうございます。画像の中に見つけてからも非常に半信半疑で、ゴミじゃないか、小惑星じゃないか、変光星じゃないか、皆さまに迷惑かけたらどうしようと不安でしたが、板垣さんと門田さんにも捉えていただいたということで、実在する天体であることを確信でき、とても安心しました。公表されるまで、初めて体験するこの“夢心地”を楽しみたいと思います」というお礼が板垣氏と門田氏に送られていました。

ようやくオフィスに出てきたのは04時20分のことでした。そして、04時51分に板垣氏と門田氏の確認観測をダンに報告しました。すると、ダンからは06時00分に「PNのM33の中心核からの離角か、M33の核の精測位置を教えてくれ。たぶん銀河核の位置はこの値……に近いだろう」というメイルが届きます。この連絡は、06時33分に遊佐氏に送っておきました。氏からは、07時02分にその中心の測定位置が届きます。この位置は、07時24分にダンに送っておきました。その値は、ダンが言ってきた位置に極めて近いものでした。ところで、実は04時を過ぎてからの出勤には理由があります。この日(12月18日)は昼間に予定があったので、できるだけ寝ていようとしたのです。業務を終えて10時10分に自宅に戻り、少し休息をとって、14時10分に神戸に向け出発しました。

オフィスに戻って来たのは、その夜(12月18日)の23時40分のことでした。すると、夕方17時37分に遊佐氏から「本日、M33のPNをメイヒルの望遠鏡で確認観測しようと機をうかがっておりました。しかし、天候の関係なのか機械のトラブルなのか、結局一日中「Roof Closed」になっていました。現在、大崎の空は全面の雲です。板垣さん、門田さん。可能であれば今晩もよろしくお願いします」というメイルが届いていました。幸い栃木は晴れていたようです。18時53分に板垣氏から「こんばんは。遊佐さん発見のM33のPNの確認観測です。光度は17.7等」というメイルが届いていました。観測時刻は12月18日17時33分です。ということは、板垣氏は遊佐氏のメイルを読む前に観測を行っていてくれたことになります。氏のメイルは「なお、この観測は札幌の金田宏さんに測定していただきました。金田氏は『少し暗くなったようですね。光度は、1枚だけですと精度にやや不安があります。暗いので誤差も大きく、±0.5等くらいの誤差が考えられます』と言っています」と続いていました。さらに18時57分には、門田氏から「公表が待ち遠しいですね。こちらは夕刻より観測を始めたのですが、風が強くて待機状態です。スライディング・ルーフで小型の架台を使っているので、ちょっとした風でも障害となります。家の用事などで夜半前まではバタバタしていますが、後ほど再度観測を試みます」という連絡も届いていました。そして、大崎にも晴れ間が訪れたようです。遊佐氏からは22時09分に、この夜の大崎での観測がダンに送られていました。そして、22時16分に「いろいろとありがとうございます。中野さん。先ほどCBATに大崎での確認観測をお送りしました。月明かりの中、雲が多い中をかいくぐっての観測で、1枚しかろくな画像がなかったのですが、なんとか測ることができました。今は全天曇り空です。板垣さん、金田さん、観測・測定、ありがとうございました。板垣さんの画像を拝見して、とても安心しました。門田さん、お忙しい中ありがとうございます。上尾は晴れているのでしょうか。無理のない程度にお願いします」というメイルが届きます。

門田氏からは、22時37分にその日の朝(昨夜)の銀河中心位置が「念のため、昨夜の画像からM33の中心を測定しておきました。こちらは風が強くて今夜の観測は微妙な状態ですが、板垣さんと遊佐さんによって確認されて、安心しました」というメイルとともに届きます。22時54分には、板垣氏より「空の状態」というサブジェクトを持った門田氏宛のメイルが転送されて届きます。『なんだろう……』と氏のメイルを見ると「こんばんは。今日も栃木にいます。今夜は空の状態が悪いです。星が大きくぼけて暗い星が写りません。こちら(栃木)は、冬に晴れてもこんな夜が多いのでしょうね。山形ではこんなに悪いのは稀です。fl=2400mm固定で60秒撮影です」という内容と、画像が添付されていました。オフィスに戻る直前の23時33分には、その画像を見た門田氏より「遠征、ご苦労さまです。天候を気にしながら栃木へ出かけるのは大変だと思います。星像がだいぶ揺らいでいますね。こちらも時折り10秒露出で風の具合を確認していますが、星像が非対称にゆがんでいます。オートガイダーが風の揺らぎに反応して、さらに像はひどくなります」という返信が送られていました。なお、板垣氏の再観測は23時48分にダンに送付しました。

ところが出張の疲れか、先に届いていた門田氏の22時37分のメイルを見落としていたことに気づきます。そこで23時59分に門田氏に『メイルを見落としてしまいました。遊佐さんの中心位置が行っていますので、今回は送りません。お許しください。本日、神戸で某学会の会合があり、40分くらいしか眠っていません。これから帰ってしばらく睡眠します。発見があったら携帯に電話してください』というメイルを送り、いったん帰宅しました。

再びオフィスに戻ってきたのは19日05時20分のことでした。空は快晴となっていました。オフィスを離れた約5時間の間には、この新星に関する情報はありませんでした。『そうか。ダンはCBETの編集を始めたか……』と思っていると、09時08分に遊佐氏の新星発見を公表したCBET 2595が届きます。これを見た遊佐氏からは09時50分に「おかげさまで、さきほどのCBETでM33N 2010-12aとして公表されました。これもひとえに、中野さんの迅速な処理とご指導、板垣・門田さんの深夜、しかも寒い中での貴重な確認観測のおかげです。心より深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。これを励みに、これからも頑張って天体観測にいそしんでいきたいと思いますので、どうかこれからもご指導をいただきますよう、よろしくお願いします」というメイルが届きます。

12月19日の夜は、19時10分に自宅を出て買い物のため南淡路に出向きました。最後に洲本のジャスコに寄ったのが21時50分のことです。普通ならこれからオフィスに出向くところですが、出張の疲れが残っていたために、22時00分に一旦自宅に戻りました。12月20日の朝にオフィスに出向いてくると、遊佐氏は、さらにこの新星を12月19日19時13分に大崎で観測し、その光度を17.5等と観測していました。また、門田氏からは04時29分に「このたびの新星ご発見、誠におめでとうございます。多方面の確認作業を対応されていますので、近いうちに発見に関わるかもしれない……と密かに思っていました。微力ながらお力になれたようで幸いです。今後のご活躍をお祈りします」という遊佐氏宛てのメイルが転送されていました。私は、1日遅れとなってしまった新天体発見情報No.172を報道各社に送り、この発見を知らせました。12月20日16時26分には、神戸の野村敏郎氏より「M33にずいぶんと明るい新星が出たんですね。残念ながら二学期末の成績処理で連日忙しく、M33のパトロールはできていませんでした」というメイルが届いていました。

超新星 2010kx in NGC 7645

この12月20日夜は、また所用のため京都まで出向かねばなりません。少し眠ってから行こうと、10時10分に自宅に戻り、14時頃から睡眠を取りました。眠っていると18時38分に山形の板垣公一氏から携帯に電話があり、起こされました。『また何か発見しましたか』と話すと、氏は「はい。NGC 7645に超新星状天体(PSN)です。今、報告を送りました」と新しい発見でした。氏の報告は18時36分に届いていました。そこには「2010年12月19日夕刻、18時11分に50cm f/6.0反射望遠鏡+CCDを使用して、ちょうこくしつ座にある系外銀河NGC 7645を15秒露光で撮影した捜索画像上に17.5等の超新星を発見しました。その確認のため、翌12月20日夕方17時39分に60cm f/5.7反射で再度この銀河を撮影し、この超新星の出現を確認しました。光度は同じく17.5等でした。なお、この超新星は、先日12月8日にこの銀河を撮影した捜索画像上にはまだ出現していません。また、過去の捜索画像上およびDSSにも写っていませんでした。超新星は、銀河核から西に11"、北に3"離れた位置に出現しています」と書かれてありました。

この夜は不在となります。そのため、そのまま起床してオフィスに19時55分に出向いてきました。そして、21時06分にダンに氏の発見を送付しました。2夜の観測がありますので、これで公表されます。そこで、安心して21時15分にオフィスを出発して、京都に向かいました。京都には23時10分に到着。所用を済ませて京都を離れたのは12月21日01時10分。オフィスには02時00分に戻ってきました。その間の約5時間の間には、板垣氏より21時16分に「拝見しました。ありがとうございます」と到着確認の連絡。大崎の遊佐徹氏より21時18分に「板垣さんのPSNの情報、ありがとうございます。オーストラリア・ムールックでの観測を試みましたが、悪天候なのかシステムの移動中なのか、ルーフは閉まったままです。昨日から、メイヒルもムールックもずっと使えない状態が続いています。板垣さん。PSNの発見、おめでとうございます。これは確実にSNでしょうね。晴れたら、明日皆既月食中に向けてみたいと思います。なお、M33の新星ですが、先ほど香取の野口敏秀さんから、今晩は18等以下で写らないという報告がありました」。さらに上尾の門田健一氏より12月21日01時12分に「先ほど帰宅しました。いつものように仮ですが、おめでとうございます、板垣さん……。嬉しいことに国内の発見が続きますね。すでに沈んでいますが、やや暗く銀河中心に近いですので、こちらの機材ではうまく観測できないかもしれません」というメイル。そして、板垣氏からは01時22分に「いつも、お仕事、夜遅くまでお疲れさまです。昨夕、栃木から戻ったら晴れていたのでそのまま山に来ました。そうして捜索したら間もなく見つけました。でも、低空でしかも透明度が悪く確かな測定はできませんでした。今日はなんとか確認と測定ができました。幸運でした。何かとありがとうございます」という門田氏への返信が届いていました。

連日の出張のため、この夜は自宅に帰り眠ることにしました。03時00分のことです。ダンは、12月21日10時20分到着のCBET 2599でこの超新星の出現を公表しました。それを見た板垣氏からは11時33分に「おはようございます。お陰さまでSN 2010kxとして公表されました。この銀河は前日に栃木で捜索してるはずです。でも、30cmであんな空(ボケボケ像)では、発見はとても無理と思います。やはり山形の大口径のお陰です。そして、こんな時期に晴れたのも幸運でした……」というお礼が届いていました。翌朝12月22日06時30分になって新天体発見情報No.173を発行し、この発見を報道各社に連絡しました。

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