Location:

天文雑誌『星ナビ』連載中「新天体発見情報」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

141(2016年11〜12月)

2017年5月2日発売「星ナビ」2017年6月号に掲載

レモン・ヤン・PANSTARRS彗星(2015 VL62 = 2015 YY6)

2016年11月30日17時25分にアリゾナのビル(ヤン)から1通のメイルが届きます。ヤン氏とは、2003年7月にオーストラリアのシドニーで開催された第25回IAU総会の後、シドニーから北約250kmほどにあるネルソンベイで7月25日から27日にかけて開かれた「小惑星会議」にともに出席して、言葉を交わしたことがあります。

そのとき、氏は、新周期彗星172P/Yeung(2002 BV)を発見していました。この彗星は、そのときより約1年半ほど前の2002年1月21日に氏がてんびん座に発見した20等級の微光の小惑星2002 BVでした。その後に行われた4月までの追跡観測から、キットピ−クで1998年10月に行われていた観測、さらに2001年2月にLINEARサ−ベイから報告され、2001 CB40として登録されていた小惑星と同じ天体であることがわかりました。新彗星は、周期が6.5年ほどの周期彗星でした。当時、2002年5月には静岡県雄踏の和久田俊一氏と久万の中村彰正氏が、その核光度を17等級と観測しています。この頃の彗星の全光度は16等級でした。

さらに5月5日から7日かけてマウント・ホプキンスにある1.2m反射望遠鏡で観測したスパ−ルらは、17等級のこの天体のイメ−ジが周囲の恒星の像よりも大きく、しかも西北の方向に5″ほどの淡い尾があることを認め、天体が彗星であることが判明しました。彗星発見後、長谷川一郎先生の依頼もあって、ブライアン(マースデン)に『この彗星の名前は何と発音すれば良いのか』とたずねたことがあります。すると「俺にもわからん。ヤングとでも言っとけば良い」という返答でした。そのことを長谷川先生に伝えると「彼でも、わからんことがあるのか」という感想を話されました。

そこでビルに『小惑星2002 BVの発見当時、ブライアンにきみの名前の発音をたずねたが、彼はきみの名前をヤングとでも言っとけば良いと言っていた。実際はどうなんだ……』とたずねると「ヤンと呼んでくれ」とのことでした。なお、この彗星は、発見前の1995年の回帰から2017年の回帰まで4回の出現を記録しています。大泉の小林隆雄氏による連結軌道がNK 2709(=HICQ 2017)にあります。

それから約15年が経過した2016年になって、ハワイ州ハレアカラで1.8m望遠鏡を使用して行われているPan-STARRS1サーベイで、2016年1月23日におひつじ座を撮影した捜索画像上に19等級の彗星状天体が発見されます。発見当初、東に約3″ほどの淡い尾が見られました。同サーベイからは、この彗星が2015年12月16日に撮影されていた画像上に写っていたことが報告されます。さらに、2015年12月18日と19日に米国メイヒル近郊にある70cm反射望遠鏡でヤンが撮影した画像上に発見された小惑星2015 YY6と同じ天体であることも報告されます。小惑星センター(MPC)のギャレット(ウィリアムズ)は、これらの観測から、この彗星はレモン山サーベイで2015年11月2日と3日に発見され、小惑星の仮符号2015 VL62が与えられていた天体とも、同一であることを見つけました。さらにギャレットは、得られた軌道からカテリナ・スカイサーベイで行われていた11月8日と12月8日の画像上に写っていた天体も、この彗星と同じものであることを見つけています。1月29日に東京の佐藤英貴氏は、メイヒル近郊にある43cm望遠鏡を使用して、この彗星には集光のある8″のコマと、尾らしきものが東に15″ほど伸びていることを観測しています。同じ日、マグダレナのライアンらが2.4m反射望遠鏡で行った観測でも、東に短い明瞭な尾がありました。また、美星の西山広太・二村徳広氏も、2月10日にCCD全光度が19.6等でこの彗星を捉えています。ほぼ放物線軌道を動く、近日点距離がq=2.72auの新彗星でした。なお、彗星は2018年11月8日に木星まで0.86auまで接近します(NK 3277(=HICQ 2017))。

2016年1月30日02時12分になって、小惑星センターのギャレットからこの彗星の名称について、太陽系小天体命名委員会(CSBN)に命名審査の請求が送られてきます。そこには「MPEC B85(2016)に無名で発見が公表されているこの彗星の名称について、同委員会の審査をお願いしたい。この天体は1月23日にPan-STARRSサーベイで、P10rIAXとしてその発見が報告され、未確認天体確認ページ(NEOCP)に掲載された。Pan-STARRSサーベイからは、12月16日に発見が報告されていた天体と同一天体であること、その1時間後には、すでに仮符号を得ている2015 YY6もこの同定に含まれることが報告された。その軌道から、さらにレモン山サーベイで発見されていた2015 VL62も同じ天体であることが判明した。これらの観測の連結結果が正しいこととその形状の確認がライアンによって行われ、彗星として公表されたものだ。問題は、3か所でそれぞれ独立して発見され、結果として、すでに新小惑星2015 VL62と2015 YY6として公表されている。発見されていた2個の小惑星は特異小惑星として認識されていなかったので、命名のガイドラインのとおり、名称には両方の発見者の名前を含まなければならない。さらにPan-STARRSサーベイでは、初めて彗星としてその形状を報告しているので、天体の名前はLemmon-Yeung-PANSTARRSとなるべきであると考えられる。ただし、命名ガイドラインには、できうる限り天体の名前は2名までに限定するとある(以下、細目は省略)。そこで、Lemmon-Yeung-PANSTARRSという名称が受け入れられるのか、審査してほしい」という申請が書かれてありました。

それを見て03時03分にギャレット(CSBN)に『2015 YY6の発見状況はどうだったのだ。Yeungは2015 VL62を観測しようとして、2015 YY6を発見したのではないのか』という質問を送りました。すると、03時15分に「Yeungの符号はG00197Aで、小惑星センターの自動検索システムで新天体と判断され、新仮符号2015 YY6が振られたものだ」という回答が届きます。さらにその夜(1月30日)21時28分になって『CBET 4246の記載によると、3名連記の名称が良いと思う。しかし、Yeungが彼の独自の捜索でこの小惑星(2015 YY6)を発見したのか、あるいは2015 VL62の予報からこの小惑星を見つけたのか、彼に確認した方が良いだろう』という意見をCSBNに送りました。21時52分にギャレットから「当時、2015 VL62には11月2日と3日の観測しかなく、その軌道は計算できず、当然、軌道は公表されていなかった。この小惑星の11月8日の観測は、Pan-STARRSサーベイの発見が報告された後、見つけられたものだ。また2015 VL62が特異小惑星であるという何の根拠もなかった」という納得できる回答があります。そこで、22時03分にCSBNに『3名の名前をこの彗星につけることにYesを投票する。日本では、彗星の確認観測を積極的に行っているHidetaka Satoに似たような状況がときどき起こるので問い合わせた……』と連絡しました。

さて、最初の話に戻って、ビルから11月30日に届いたメイルには「毎月、きみの彗星の新しい軌道を送ってくれてありがとう。感謝している。ちょっとC/2015 VL62について質問がある。それは、この彗星の軌道がどのようにして決定され、私の発見した小惑星2015 YY6とリンクされたのか、また、3名連記の名称になった経緯を知りたい」と書かれてありました。そこで18時35分にビルに『きみは、我々は2003年にオーストラリアで開催された「小惑星会議」で会っていることを覚えているか。そこで私はきみの名前の発音をたずねた。2015 VL62=2015 YY6の同定は、私が見つけたものでなく、Pan-STARRSサーベイとWilliamsによって見つけられたものだ。CSBNに送られたWilliamsの申請書を下につける。そこで、この彗星の名称について14回の議論があったあと、今の名称に決定されたものだ』という返答を送りました。12月2日03時04分になって、ビルから「回答をありがとう。覚えているよ。ネルソンベイで会ったことを……。あれから13年。すごい長い時が流れたものだ……」というメイルが届きました。なお、HICQ 2017にあるとおり、この彗星はこの夏頃に12等級まで明るくなります。

人工天体JAX501、JAX502、JAX503

12月19日15時54分にJAXAの柳沢俊史氏から「ご無沙汰しております。10年以上前に小惑星検出ソフトの開発の際にはいろいろとお世話になりました。その後、デブリ観測技術開発の傍ら、細々とではありますが、地球接近天体(NEO)の観測技術、特に地球近傍を高速で移動していくNEOの検出技術の開発を進めております。今年からは研究を加速させていきたいと考えております。11月末に入笠で実施した試験観測では以下のような天体の検出に成功しております。この冬にはリアルタイムで同じような報告ができるよう頑張る所存ですので、どうかよろしくお願いいたします」というメイルとともに、うお座に見つけられた天体の報告がありました。

柳沢氏から送られてきた天体は、北東に日々運動約60°の超高速で移動する天体で、知られた小惑星の中に同一天体がありませんでした。『仮に地球に接近しているとしても、明るい特異小惑星はほとんどすべて発見されているはずだ。それにしては、新天体として発見光度が17.1等とずいぶん明るい天体だなぁ……』というのが第一印象でした。ただ、観測が2個のためにどのような軌道を動いているのか知ることはできませんでした。とりあえず、19時14分に『そうですか。頑張ってください。日本発見のNEOが欲しいですね。美星でもまだ捜索をやっているのですが、極限等級が浅く、見つからないようです。なお柳沢さんには、これまでのJAXAの発見リストを送っていなかったようなので、下につけておきます』と返信しておきました。

さて、それからわずか10日後のことです。12月29日02時11分に柳沢氏から「NEO候補」というサブジェクトを持ったメイルが届きます。そこには「JAXAで開発中のNEO観測システムの試験運用中に以下のようなNEO候補を発見しましたので報告いたします。精度等がまだまだ不十分なところがあるかと思いますが、どうかよろしくお願いいたします。なお、時間の許す限り報告天体の追跡を実施したいと思います」というメイルとともに12月28日夜半前に発見されたJAX501、JAX502、JAX503の観測がありました。まず、観測を見て気づいたのは、JAX501が15.4等、JAX502が14.6等、JAX503が15.3等と発見光度が極めて明るいことです。再び『こんな明るい特異小惑星が残っているのか…。疑問だ……』と思いながら、そのチェックをしました。

報告されたJAX501はうお座に発見され、4時間22分の間に6個、JAX502はぎょしゃ座に発見され、2時間33分の間に4個、JAX503はやまねこ座に発見され、3時間39分の間に4個の観測がありました。その間の速度は、JAX501が763′、JAX502が400′、JAX503が687′の日々運動で高速移動していました。もちろん、知られた小惑星の軌道から同定できる天体を調べましたが、3個の天体とも何も出てきません。そこで02時49分にこれらの発見を小惑星センターに送付しました。そして、03時08分に柳沢氏に『観測を受け取りました。一応、チェックはしましたが、バイサラ軌道では、3個の天体とも双曲線に近いほど離心率が大きくなります。それに明るい。デブリではありませんか……。なお、MPCへのカーボンコピー(CC)がないので、私の方から観測は送っておきました。ただ、今後はMPCに直接お送りいただいた方がスピーディーに処理されます。私にはCCしてお送りいただければ幸いです。なおMPC側から、仮に観測が悪い場合やおかしい場合は、自動検索システムから連絡があります。……というメイルを書いている間に、MPCの自動検索システムからJAX501とJAX502は人工天体だと連絡がありました』というメイルを送りました。柳沢氏からは03時54分に「ご確認いただきありがとうございます。人工天体でしたか。残念です。報告については、これ以後MPCへ直接送付して、中野さんにはCCということ承りました」というメイルが届きます。

その日(12月29日)の朝04時04分には、美星の西山・浦川聖太郎氏から、JAX502とJAX503の追跡観測が「少し予報位置と異なりますが、おそらくMPCのDistant Artificial Satellitesのページにある2011-37Aと2011-37Bではないかと思います」というコメント付きで届きます。04時27分に美星には『はい。ご苦労様でした』というお礼を送っておきました。

その日(12月29日)の夕方になって、入笠と美星から報告されたこれら3つの天体の観測から地心軌道の決定と軌道改良を行いました。すると、JAX501は近地点が30.3万km、遠地点が40.8万km、長半径が35.5万km、離心率が0.15、周期が24日10時間、直径が約16m。JAX502は近地点が10.5万km、遠地点が56.9万km、長半径が33.9万km、離心率が0.69、周期が22日17時間、直径が約17m。JAX503は近地点が5.6万km、遠地点が29.4万km、長半径が17.5万km、離心率が0.68、周期が8日10時間、直径が約5.3mとなります。何と、JAX503は遠地点が月の軌道の近くに届くくらい、さらにJAX501とJAX502は月の軌道を越える人工天体でした。ときどき人工天体の軌道を計算しますが、このような遠方を公転する衛星は初めてでした。ただそれ故、地球接近小惑星と似たような動きになり、捉えられたものなのでしょう。

この結果を20時35分に柳沢氏に『一応、対地軌道を出してみました。いずれも人工天体としては異様に近地点・遠地点が大きい、従って、長半径や周期も大きい軌道になりました。なお昨夜は、すでに自宅にいました。自宅のパソコンには衛星のプログラムが入ってないため、遅くなりました』というメイルとともに送りました。

さらに美星からは、発見翌日12月30日のJAX503の追跡観測が報告されます。そこで、JAX503の軌道を再改良し、12月31日19時20分に柳沢氏に送付しました。また、小惑星センターから人工天体との同定の報告がなかったJAX503の改良軌道は、ギャレットにも19時33分に送っておきました。なお、JAX503の改良された軌道は、1夜の観測群から計算した軌道とほとんど変わりありませんでした。年が明けた2017年1月5日に柳沢氏から「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。昨年末は検出物体の確認、追跡観測など大変お世話になりました。地球近傍を高速で移動する物体の検出技術を鋭意開発中ですので、今後も何かとお世話になることがあるかと思いますが、どうかよろしくお願いいたします。なるべくこちらで確認し、本当のイベントのみ報告できるようにいたします」という年賀メイルが届きました。

※天体名や人物名などについては、ほぼ原文のままで掲載しています。