不死鳥「はやぶさ」は舞い下りた

【2005年11月29日 宇宙科学研究本部 宇宙ニュース

イトカワ表面のターゲットマーカ

小惑星イトカワ表面のターゲットマーカ。「はやぶさ」の影の左上にある白い点がそれで、88万人の署名が刻み込まれている。画像提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)

小惑星探査機「はやぶさ」が11月26日、2度目の着陸と試料採取に挑み、岩石採取装置は正常に作動。着陸、岩石採取ともに成功したと見られている。有人ミッションであったアポロ計画による月の岩石以外で、しかも小惑星のサンプルの採取は、人類初の快挙となる。「はやぶさ」は最新技術を搭載した無人探査機で、自ら狙いを定めてイトカワに降下していった。そして着地、サンプル採取を行って再び舞い上がった。惑星探査史に残る偉業を達成した瞬間だ。


25日午後10時「ミューゼスの海」へ降下開始

日本時間2005年11月25日午後10時、「はやぶさ」はイトカワから高度約1キロメートルの地点から降下を開始した。翌26日の午前6時頃には地上からのリモートコントロールを離れて自律航法モードで、垂直降下に移行。イトカワ表面の「ミューゼスの海」と名づけられた地域へ、重力に沿って移動を開始した。この時点で、はやぶさ管制チームは、11月20日の第1回に着陸トライアル時に放出・着地させたターゲットマーカに、ひじょうに近いところに降りていったことを認識したため、新たなターゲットマーカ放出の必要はないと判断した。目標となるターゲットマーカが近接した地点に2個あると、「はやぶさ」が“迷って”しまうと判断したからだ。

着陸地点の「ミューゼスの海」は、比較的平坦で着陸の障害となる大きな岩塊がないという理由で選ばれた。地名の由来は、JAXA宇宙科学本部が工学実験衛星に付けてきたミッションシリーズ名( ミューゼス=MUSES=Mu Space Engineering Spacecraft=ミュー(μ=M)ロケットシリーズで打ち上げられる工学実験衛星)で、「はやぶさ」は、MUSES-C にあたる。他にも、「はやぶさ」を打ち上げたM-Vロケットの射場のある「内之浦」、サンプルを収納したカプセルがパラシュートで降下する予定の、オーストラリアの「ウーメラ」砂漠などの地名が付けられている。

近距離レーザー高度計

近距離レーザー高度計(Laser Range Finder: LRF)は、4本のビームを放射状に照射することによって、距離とともに、イトカワ表面の傾斜も計測することができる。イトカワ表面に垂直な姿勢を保って着陸しないと、うまくサンプルが採集できない。画像提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)

さて、午前6時53分、高度35メートル。毎秒4.5cmで降下中の「はやぶさ」は、レーザー高度計(LIDAR)の使用を予定通り停止。2分後に近距離レーザー高度計(LRF)を使って、イトカワまでの間合いを詰めていった。LRFからは4本のビームが発射され、それぞれがイトカワ表面からの距離を計測することで、イトカワ表面がどのような傾斜をしているか判断することができる。LRF担当者が22メートルを叫んだ時点で、最低高度は18メートル、最高高度は35メートル。かなり傾斜がきつく「はやぶさ」の自律判断で、着陸回避モードに移行してしまうかと懸念された。しかし、午前7時、高度14メートルでホバリングしながら姿勢を制御、4分後には、距離測定モードから、サンプラー制御モードへと移行した。


26日午前7時7分、サンプル採集のため弾丸発射

着陸時には、その移動スピードを地上から推し量ることしかできない「ドップラーモード」と言われる通信状態に保たれる。これは「はやぶさ」の降下時の姿勢に起因し、アンテナの向きに制約があるからだ。イトカワ表面から上昇した「はやぶさ」は、NASA深宇宙ネットワークの、オーストラリア・ゴールドストーン局とのハイゲイン(高利得)モードによる太い通信リンクを回復。「はやぶさ」の計算機にため込まれた着陸時のデータが、次々と送信される。緊張の瞬間だ。スタッフ全員の目が、管制室の1台のモニターに集中する。LRFはサンプラーの形の変化を検出し、弾丸発射を含む一連のサンプリングの信号が届いた。発信していれば、モニターに“WCT”、そうでなければ“TMT”と表示される。そして、午前7時35分、パラパラと表示が塗り替えられる。はたして画面の右下に現れたのは、くっきりと浮かび上がった“WCT”の緑の3文字。日本の小惑星惑星探査機が、世界に先駆けて金字塔を打ち立てたことを示す文字列だ。その瞬間、管制室にどよめきが起こった。

サンプル収集の概念図

サンプル収集の概念図。重さが数グラムの金属球を秒速300mぐらいの速度で打ち出し(A)小惑星の地面に炸裂(B)、飛び散った破片は、ラッパ状のサンプラー・ホーンに導かれ、収集カプセルへと導かれる(C)。画像提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)

「はやぶさ」のサンプル採取方法は、微少重力下に対応するため、独創的な方法を採用している。火星や月といった重力のある(といっても地球よりは弱いが)天体の表面では、しっかりと大地に根を下ろし、ロボットアームで地面を“掘る”ことができる。しかし、重力が極めて弱い小さな小惑星では、その方法は使えない。ロボットアームを地面に突き刺した瞬間、探査機本体の方が浮かび上がってしまう。そのため「はやぶさ」では、非接触型のサンプル採取方法が考案された。その方法とは、弾丸を高速で小惑星表面に打ち込み、飛び散った試料を、ラッパ型の形状を持つサンプラー・ホーンで収集しようというのだ。試料採取のための弾丸は、サンプル採取量を増やすために0.2秒の間隔をおいて2回発射された。弾丸発射は午前7時7分(日本時間)だった。

午前8時35分、通信局がそれまでのゴールドストーンから、長野県の臼田局に切り替えられた。しかし、午前11時前に化学推進エンジン系にトラブルが発生。接近降下中にすでに予兆と思われる状態が発生していたが、バックアップ系に切り替えて運用されていた。バックアップから再度主系統に切り替えて噴射が行われたが、再び同様のトラブルに見舞われた。何度も繰り返されたさまざまなトラブル。しかし、やはり「はやぶさ」は不死鳥だった。自らセーフ・ホールド・モードに入って待機、その後、地上からのバルブ操作で、スラスター(=姿勢制御用の小型推進エンジン)のトラブルは鎮静した。トラブルの原因について、川口淳一郎プロジェクトマネージャーは、「何が起きたかは現状ではわかりませんが、トラブルが起きているというのは、単調な宇宙空間を飛んではいなかったということです。宇宙空間だけを飛んでいては起きようがないということは、違う天体に降りた証拠といえるのではないでしょうか。このトラブルは着陸の勲章と考えたいです」とコメントしている(26日時点)。つまり、太陽の放射熱を受けて高温になっているイトカワからの放射熱で「はやぶさ」の機器の一部が変調をきたしていたという解釈だ。この変調は、第1回着陸トライアル時に、長くイトカワ表面に留まったことが遠因ではと推測されている。


帰路につく不死鳥「はやぶさ」の困難な旅

こうして、惑星探査史上、エポックとなる大事業が成し遂げられたわけだ。3基あるリアクション・ホイールのうち2基が故障という困難な状況の中、トラブルを回避しながら、もしくは代替措置を模索しながら運用を継続してきた「はやぶさ」管制チームの勝利と言える。リハーサル降下では、「はやぶさ」を数センチレベルで制御し、本番では数ミリ単位で制御を行った。地球から約3億キロメートル、電波でも16分かかる彼方の探査機を適切に誘導制御するため、想定されるさまざまな不測の事態に対処するためのツールを準備してきたからこそ、「はやぶさ」は不死鳥たりえた。リハーサル2回+1回、タッチダウン2回の経験は、何ものにも代えられない実践的収穫となった。

はやぶさの地球帰還軌道

小惑星イトカワからの「はやぶざ」の地球帰還軌道。地球帰還は2007年夏の予定で、探査機から分離された小惑星サンプル入りのカプセルのみが、大気圏に再突入し、オーストラリアの砂漠地帯にパラシュートで降下する。往路も電気推進エンジン(イオンエンジン)を連続的に作動させるが、軌道修正には化学燃料エンジンが必要になる。画像提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)

今後2〜3日は、セーフ・ホールド・モードからの立て直しを優先させる。その後「はやぶさ」の計算機に貯えられたデータを受信するオペレーションが開始される。弾丸発射の作動がテレメータで確認され、さらにその時の「はやぶさ」の姿勢がイトカワ地面に垂直だったことが確認されれば、さらにサンプルの採集に成功したと確信を持って言えるようになる(ほんとうにサンプルが入っているかどうかは、カプセルが地球に帰還し、文字どおり“蓋を開けてみるまで”わからない)。

こうして、採集成功確実と判断できれば、再度のトライアルを中止し、一路地球をめざすことになる。リアクションホイールの故障で、姿勢制御用に予定外の消耗を強いられた化学燃料の残量は少ない。つまり、より効率的で適切な航法の選択が求められるわけだ。地球への帰路もまた困難な旅が予想される。ここらからは「小惑星サンプルリターン」という最終段階へ向け、新たな「はやぶさ」とその管制チームの挑戦が始まる。

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