反物質を16分以上も保持することに成功!

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【2011年6月7日 CERN

欧州原子核研究機構(CERN)は、これまで1秒も保持することのできなかった反水素原子を1000秒も保持することに成功したと発表した。この成功は宇宙誕生後に反物質だけが消えてしまった謎を解く大きな一歩である。


(実験に用いた磁気瓶の模式図と反水素のポテンシャル図)

実験に用いた磁気瓶の模式図と反水素のポテンシャル図。aの図はpと書いてあるところから反陽子を、e+と書いてあるところから陽電子を注入して、MREと書かれたところで反水素を生成する。bの図は反陽子と陽電子のポテンシャルエネルギーを表す。反陽子と陽電子の両方があるとポテンシャル面が平らになり、そこで反水素が形成される。クリックで拡大(提供:理化学研究所。以下同)

(閉じ込めていた時間と閉じ込めることができた粒子の数のグラフ)

閉じ込めていた時間と閉じ込めることができた粒子の数。長い時間が経っても安定して反水素原子を保持しておくことができていたことがわかる

(消滅までの時間と消滅した場所のシミュレーションと実測値の比較図)

消滅までの時間と消滅した場所のシミュレーションと実測値の比較。横軸は容器の中心からの距離、縦軸は磁場を0にしてからの時間を表し、シンボルの違いは磁場を0にするまで閉じ込めておいた時間を表す。灰色の点はシミュレーションの結果を表し、実測値とよく一致していることがわかる

通常、陽子はプラスの電荷を持ち、電子はマイナスの電荷を持つことが知られているが、これが逆になっている反物質というものも存在する。マイナスの電荷を持つ反陽子(注1)とプラスの電荷を持つ陽電子(注2)だ。水素原子というと1個の陽子と1個の電子で構成されているが、同じように1個の反陽子と1個の陽電子で構成された反水素も加速器を使った実験で作られてきた。

しかしこの反水素は非常に不安定で、すぐに他のものとぶつかって高エネルギー粒子(注3)を出して消滅してしまうために、反水素の性質を詳細に調べることができていなかった。CERNでは反水素を捕まえる容器の制御をより高精度に行うことで、1000秒を超える非常に長い時間、反水素を保持しておくことに成功した。

長時間の保持に成功したことで、これまでできなかったレーザーを用いた分光実験なども行うことができるようになり、反水素原子の性質を詳細に調べられると期待されている。

反物質は宇宙誕生時に通常の物質と同数できたと考えられているが、現在ではほとんどの反物質が消えてしまっており、大きな謎となっている。このため、反物質の代表格ともいえる反水素原子と水素原子の性質を調べ、比較することで、反物質と通常の物質は何が同じで、何が違うのかを調べることができる。

プラスとマイナスの符号のみが異なる対称性を持つものに、どこまで対称性があるのかを調べる「CPT対称性テスト」(注4)を実施することで、宇宙誕生当時に何が起きたのか、その謎を解明できるかもしれない。

注1:「反陽子」 宇宙線にはほとんど含まれず、加速器を用いた非常に高エネルギーな粒子の衝突によって生成される。

注2:「陽電子」 宇宙線にも含まれる他、放射性同位体である質量数22のナトリウムなどが崩壊する際にも発生することが知られている。

注3:「高エネルギー粒子」 反水素が消滅する、つまり反陽子と陽電子が消滅するときには、ニュートリノのひとつであるパイ中間子が数個とガンマ線が2個発生することを利用して、反水素の消滅を確認している。

注4:「CPT対称性テスト」 Cは粒子と反粒子を入れ替えたとき、Pは鏡に映すように空間を反転させたとき、Tは過去と未来の時間の流れを反転させたとき、この3つの操作を同時に行ったときに現在の物理法則が成り立っているかどうかを確かめること。この対称性が破れているかどうかが、通常の物質と反物質の運命の違いを握っている可能性が指摘されている。