微粒子に刻まれたイトカワの表層環境

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【2012年3月1日 岡山大学

岡山大学の研究チームは、2010年に探査機「はやぶさ」が持ち帰った小惑星イトカワの試料のうち、5つの粒子の初期分析から得た研究成果を発表した。粒子の画像では、イトカワの歴史を物語る多様な世界が展開されている。


小惑星は、地球や火星などの固体惑星や、月のような大型の衛星にまで成長する前に進化を止めた岩石小天体だ。地球では失われてしまった太陽系の形成初期およびその後の物質進化の情報を記録・保持していると考えられている。

地球上で見つかっている隕石はその大部分が小惑星からやってきたものと考えられており、小惑星の化学組成や成り立ちの多様性について知るため隕石の研究が行われてきた。

しかし、どの隕石がどの小惑星からやってきたのかという正確な対応関係を得ることは難しいうえ、地球に突入する際の大気摩擦により、(宇宙空間に直接さらされていた)隕石表面の情報は失われてしまう。そのため、小惑星表面で何が起こっているかを知ることは非常に困難だった。

だが、探査機「はやぶさ」が2010年6月に地球に帰還して持ち帰った小惑星イトカワ表面の試料は、大気の無い小天体上で実際に宇宙環境にさらされていた状態をほぼそのまま保持している。この試料を詳細に観察・分析することで、小惑星表面における物質やその状態の多様な変化の過程を科学的に検討することができるようになったのだ。

岡山大学地球物質科学研究センターの研究チームは、試料のうち5つの粒子の初期分析を行った。各粒子の大きさは40〜110μm(1μm=1/1000mm)程度と非常に小さいが、詳細な観察の結果、粒子本体は、かんらん石、輝石、長石およびガラス、あるいはそれらの複合体から成っていることがわかった。それらの鉱物相の化学組成と酸素同位体組成を分析したところ、これらの粒子は地球上のものではなく、普通隕石()と呼ばれる隕石の分析結果と非常に似通っていることが明らかとなった。

イトカワの表面には、普通隕石に分類される物質が存在していると思われる。また、これらの物質は過去にいったん900℃程度の温度にまで加熱されたことも明らかとなった。このことは、イトカワ以前に、その元となるより大きな(直径数十km程度の)母小惑星が存在したことを示している。また、粒子に組織構造として記録された衝突の痕跡によって、その母小惑星上で大規模な衝突破壊が起こったことがわかってきた。

研究チームではさらに、電子顕微鏡による微粒子表面の詳細な観察を初めて行った。そこには、人類が初めて見る多様な世界が広がっていた。これらは、小惑星(大気を持たない、微小重力天体)表面における活発な物質衝突の結果と考えられる。

イトカワのサンプル微粒子

イトカワのサンプル微粒子。クリックで拡大(提供:発表資料より)

  • サンプルのうち典型的な粒子の電子顕微鏡写真。角ばっており、破砕によって生成したことを示す。さらに表面には1μm程度の破砕された極微細粒子が付着している。
  • 小惑星表面で衝撃によって一度溶けた物体が表面に再び付着し急冷・固体となった物体。内部に発泡した構造が見える。融解時間は1/1000秒程度で、小惑星表面上で1mの距離から飛び散ったと推定される。
  • ドーナッツ状リングをもつ直径300nm程度のナノクレーター。数10nm (1nm=1/100万mm)の微粒子が秒速数十kmというスピードでぶつかってできたとみられる。
  • 小惑星表面に降り注ぐ太陽風(主に水素原子などのプラズマ)による浸食で形成されたと考えられるサメ肌状組織(右側)。左側の割れた面はなめらかな表面をしている。

「はやぶさ」による2005年の接近観測から、イトカワは大小様々な岩石が瓦礫のように積みあがった構造(ラブル・パイル構造)になっていると考えられている。今回の研究で、それらの岩石の少なくとも一部は、もともとはより大きな天体を構成しており、それが天体同士の衝突によって破砕され、再び寄り集まってできたのが現在のイトカワと考えることができる。

イトカワの形成後も、その表面には様々な大きさの物体が衝突し、破壊、融解、そして風化に伴って、宇宙空間に非常に細かい塵を放出し続けている。分析に使用できる量が十分でないため、それがどれくらいの時間で起こっているのかはっきりとはわからないが、この研究をきっかけに、太陽系内の物質の運動や、進化を止めたと考えられていた小惑星表面での活発な物質相互作用についての理解が進むことが期待される。またこの研究成果をもとに、将来の惑星探査計画の立案・推進に対して貢献できると期待される。

注:「普通隕石」 隕石はその組成により炭素質隕石や普通隕石、鉄隕石と分類される。