どうなる、しし群? 流星研究者ボバイヨン氏に聞く

【2009年11月4日 アストロアーツ】

しし座流星群が、ひさしぶりに話題となっている。2001年の大出現とまではいかないが、一晩で数百個の流星が見られるかもしれないという予報が発表されたからだ。これは本当だろうか。そもそも、流星群の予報はいかにして行われているのか。彗星と流星の研究を専門とするジェレミー・ボバイヨン氏にたずねた。


(ボバイヨン氏)

ジェレミー・ボバイヨン氏。クリックで拡大

ジェレミー・ボバイヨン(Jérémie Vaubaillon)氏はフランス出身の天文学者で、太陽系小天体を専門に研究している。とくに、10年前に確立されたばかりの分野、流星群の数値予想に積極的に取り組んでいて、パリ天文台に勤めるかたわら欧米の各地をまわり他の専門家たちと共同研究を続けてきた。

昨年12月、ボバイヨン氏は「2009年のしし座流星群はピーク時のZHR(理想的条件下での1時間あたり出現数)が500個に達する」という予想を発表して注目を浴びた。のちに200個へと下方修正されたものの、依然として例年を大きく上回る数値だ。氏は2008年11月のしし座流星群についても精度よく予報しているだけに、期待は高まる。

おりしもボバイヨン氏が国立天文台の客員研究員として来日中であったので、アストロアーツオンラインニュースと月刊天文雑誌星ナビによるインタビューを実施した。

なお、本インタビューの概要や詳しい出現予測などに関しては、月刊天文雑誌「星ナビ」12月号(11月5日発売)にも掲載するのであわせて参考にしていただきたい。

流星群予報の最前線

(ぎょしゃ座流星群の出現)

2007年9月1日に突発出現したぎょしゃ座流星群も、ボバイヨン氏の計算で事前に予測されていた。当日、ボバイヨン氏らは飛行機で観測。「隣の研究者に『出現は確かなんだろうね、何も見えなかったらどうするんだ』と言われたんです。『大丈夫、100%確かさ!』と返事をしたものの、内心はとても不安で……」結果は極大時刻、出現数ともよく当たっていた。クリックで拡大(提供:Jérémie Vaubaillon, Caltech, NASA)

(67Pのダストトレイル)

1つの彗星でも、ダストトレイルの分布を計算するとここまで広範囲に広がる。これは67P/チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の例。クリックで拡大(提供:Jérémie Vaubaillon - IMCCE)

来日したばかりのボバイヨン氏が、国立天文台の研究者に向けて研究内容を紹介するセミナーが実施された。インタビューに先立ち、このセミナーに参加して話を聞くことができた。

流星は、直径0.1mmから数cmの流星ダスト(ちり)が大気圏に突入したときに発光する現象である。流星群というまとまった出現が見られるのは、彗星が軌道上に残す大量のダストに、地球が突入するからだ。しし座流星群の場合、約33年ごとに地球軌道へ接近するテンペル・タットル彗星が「母天体」である。彗星と流星の関係は19世紀から知られていたが、それが流星群の正確な予報につながることはなかった。もちろん、彗星が地球軌道を通過した直後に流星群活動が活発になることは予想がつく。しかし、それさえも裏切られることがあったのだ。

流星群の研究が劇的に進歩したのは1999年のことである。北アイルランドのアッシャー氏(David Asher)とマックノート氏(Robert H. McNaught)が、同年11月のしし座流星群の出現ピークを正確に予報することに成功したのだ。さらに、両氏は2000年以降の出現も予想。2001年に日本などで見られた記録的な大出現をはじめ、ことごとく当たっていた。

アッシャー氏とマックノート氏は、彗星と地球軌道の位置関係ではなく、彗星から放出された流星ダストと地球の位置関係から流星群の出現を推定した。流星ダストは、彗星が通ったあとに「わだち」のように残るわけではない。放出時の初期速度、太陽や惑星からの引力、太陽光に照らされることで生じる力……計算はとても複雑だ。コンピューターの性能向上が、それを実現したのである。

ちなみに両氏は、たった1つの粒子について彗星から放出されて地球に到達するまでのシミュレーションを行い、それを条件を変えて何度も繰り返すという手法をとっているという。一方ボバイヨン氏は、一度に数千個の粒子を計算機上で動かしているそうだ。このように、流星群予報計算には研究チームごとに「流儀」が存在する。そこには始まってから10年という発展途上の研究分野ならではの熱気も感じられる。

しし座流星群の詳しい予報に関してはこの後のインタビューや月刊「星ナビ」11月号、12月号に譲るとして、流星ダスト研究の興味深い応用例がセミナーで取り上げられていたので、ここで紹介しよう。

1つ目は「太陽系の天気予報」だ。旅行の際は目的地で雨が降るか否か気になるものだが、それは探査機も同様だ。流星ダストの「雨」に見舞われれば、秒速数kmでの衝突となるだけに、機器の深刻な故障につながるおそれがある。実はボバイヨン氏の研究は、もともと宇宙機関の要請と支援を受けて始まったのだ。そして今では、探査計画に対して具体的な提言ができるレベルまで流星ダストの知識は深まっているという。

2つ目は、なんと散在流星の出現傾向の分析だ。ボバイヨン氏は断定を避けながらも、過去10万年にわたってシミュレーションを実行すると、現在の散在流星は大部分が一群の短周期彗星に由来していると述べた。ひょっとすると私たちは偶然、散在流星が多い時代に生きている可能性もあるらしい。

最後に、ボバイヨン氏は生命や有機物が流星ダストに付着して運ばれる可能性に言及した。地球で生命が誕生した要因に、隕石で有機物がもたらされたことを挙げる研究者は少なくない。また、火星で有機物が検出されても、それはたまたま流星ダストに運ばれてきただけかもしれない。生命の材料はどれだけの頻度で惑星に飛来し、大気圏に突入したときに燃え尽きずに地上へ到達するのか。太陽系というスケールから生命の起源を探ることが、ボバイヨン氏が個人として掲げる大きな研究目標なのだそうだ。


ボバイヨン氏へのインタビュー

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