Location:

天文雑誌『星ナビ』連載中「新天体発見情報」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

119(2015年1月〜)

2015年7月4日発売「星ナビ」2015年8月号に掲載

116P/ウィルド第4周期彗星

この彗星は、私が興味を持っている周期彗星の一つです。というのは、彗星が再観測されたとき、その過去の出現の観測を結ぶ連結軌道を計算するのが難しく、私がもっとも頭を悩ます彗星の一つだからです。さらには軌道改良が悪戦苦闘の末に終了し、最良の軌道を見つけたと思っても、その後の観測はすぐその軌道からずれていきます。この彗星は、近日点距離q=3.4auのこれまで観測されていなかった彗星が、1987年7月1日に木星に0.15auまで接近したために現在のq=2.0auの軌道に降りてきたもので、その軌道のほぼ全周で観測できる大型の周期彗星です。発見後、観測されなかった年は、発見直後の1991年、1992年、1993年と2005年だけでした。しかし前回2009年の回帰では、上尾の門田健一氏が2010年8月3日に行った観測を最後に観測は途絶えていました。次回の回帰は2016年ですが、昨年2014年10月に彗星が再観測されたことが報じられました。しかし予報軌道からの残差が大きく、その検討を保留にしていました。

さて、先月号で紹介した「おとめ座の矮新星とヘルクレス座の矮新星」の確認作業が続いていた2015年1月24日夜、最近報告された彗星の観測の精度チェックを行っていたとき、この彗星が2014年11月と12月にも複数の観測者によって再観測されていることに気づきます。しかし、10月の観測は赤経方向に+20″、11月の観測は赤経方向に+15″、12月の観測は、同じく赤経方向に+60″ものずれがありました。近日点通過日への補正値を見ると、それぞれΔT=−0.028日、−0.022日、−0.074日と整合性がありません。つまり、どれかの観測がおかしいことになります。しかしこの彗星の場合、そうとも断定できないことが難しいところなのです。

この彗星は、スイスのウィルド博士によって1990年に発見されたものです。2014年に亡くなられた博士は、1957年以後7個の新彗星を発見しています。さらに多くの特異天体や超新星も発見しました。1994年にオランダでIAU総会が開催されたとき、折りしも参加していたウィルド夫妻にハーグ市内で偶然に出会い、3人で市内見物をしました。そのときの会話の中でウィルド博士は「あとから発見した自分の第2、3、4彗星が順調に観測されているのに、1960年に発見したあれ(第1彗星)は、どうなったのだろう」と問いかけられました。しかし「知っているか…」とたずねられても私も困りますが……。それより、私は『あなたが最近発見したウィルド第4彗星により興味を持っている。まだ1回帰しか観測されていないが、非重力効果が大きいようだ。大型の周期彗星のため、間もなく検出されるだろう』と話しました。実際、彗星の次回の近日点通過は1996年9月でしたが、1994年11月と12月にキットピークで早々と検出されました。

その夜、『またこの彗星か。困ったなぁ……』と思いながら、大泉の小林隆男氏に『この彗星(116P)の軌道改良を試してくれないか』と依頼しました。すると、1月26日18時34分に氏から「2014年の観測を追加して116Pの軌道を再計算してみましたが、観測期間を絞ってもうまく改良できません。2007年以降の観測(つまり、2回の回帰)のみを使用して軌道改良を行っても、添付のように2014年の観測に30″を超える残差が生じます。同じ観測期間で非重力効果を考慮しても、残差はほとんど変わりません。さらに、薮下理論でも同じです。もう少し検討してみます」という報告が届きます。そこで、2014年の観測に整合性がとれるのか、10月から12月の観測を調べてみました。すると、2014年10月と11月の観測を省くと、12月の観測の残差は1″以内に収まります。

このことを18時51分に小林氏に伝えました。氏からは「2014年11月以前の観測と、12月の観測は整合しませんね。11月25日の観測と12月5日の観測は、わずか10日しか離れていないのに40″以上の残差の差異が認められます。日本の観測者の守山(井狩康一)と上尾(門田)による12月の観測を信頼すると、11月以前の観測(天文台コードZ82;アルガロボ(スペイン)を除く)が悪いとなりますが、この判断は正しいでしょうか。これをもとに2001年以降の観測を使用して、添付の軌道を計算しました。ただし、非重力効果の係数A1が+3.74と大きいため、真の軌道からはまだ離れているのかもしれません。確認のために2015年1月以降の観測が早く欲しいです」というメイルとともに新しい連結軌道(NK 2812)が届きます。氏の2001年以後の観測を結んだ軌道からの10月と11月の観測は−40″ほどの大きな残差を示しますが、他の出現の観測と2014年12月の観測は、綺麗にフィットしていました。どうも、この結論が正しいようです。結局、2014年12月の再観測は、私の予報軌道(NK 2500(=HICQ 2014))から赤経方向に+62″、赤緯方向に−3″のずれを示し、これは近日点通過時刻への補正値にしてΔT=−0.074日となります。『ちょっと大きかったな……』とがっかりしながら、氏の軌道を翌日1月27日に世界の観測者に送った「最近観測された彗星の軌道改良」の中に含めました。

2月1日夜、ウィルド第4彗星の2015年1月の観測が公表されていることに気づきます。小林氏の連結軌道からの残差を見ると、残差は+1″ほどで軌道によく合っていることがわかります。そこで、22時17分になって『すでにご存知でしょうが、今日のMPEC B177(2015)に116Pの1月の観測がありました。残差は良いようですね。まぁ、半年もたつとまたずれてくるでしょうが……』というメイルを送っておきました。すると23時12分に氏から「ご連絡、ありがとうございます。2014年/15年の残差は概略、以下のようになります。この中で、ブライシンク(B96)は10月と12月に観測を行っていますが、12月の残差は良好です。10月の残差は30″以上あるのに同じ観測者が同じ彗星を観測したのに、なぜ残差がこれほど違うのか、大変不思議です。これまた推論ですが、10月のB96の観測は以下のとおりで、ほとんど移動が認められません。誤って彗星の近くの恒星を測ったとは考えられないでしょうか。ほとんど移動していないという傾向は、10月と11月の他の観測者(Z82を除く)にも認められます。さらに、Z82の光度が19.5等級に対し、他の観測者は概ね17等級と見積もっています。守山の12月5日の光度は18.9等ですから、この時期、彗星は19等級だったと考えられます。このことからも、何か別物を測った可能性が高いのでは……と思っています」というメイルがあります。2月2日22時26分に『同定できる恒星がないのでしょうか。調べてくれますか。ところでこの彗星って、拡散状ではないのですか』というメイルを送っておきました。

その結果が2月3日21時55分に小林氏から届きます。そこには「10月と11月の観測位置に恒星があるかどうか調べてみました。結論は、アルガロボの観測を除き、六夜の観測すべてで1″以内に恒星が存在することが判りました。また、その光度も概ね(彗星として)報告された光度に一致します。以下にその詳細を示します。恒星のデータはUSNO-B1.0カタログ(WEB版)を使用し、各夜の最初の観測位置の5″以内に(恒星が)あるかどうかをチェックしました。10月28日については、彗星(として報告された天体)の光度が約18等だったのに対し、恒星の光度が約19.5等と約1.5等の差がありますが、先に述べましたように、他の日は光度もほぼ一致しています。特に面白いのは11月28日の観測で、彗星と恒星の位置が完全に一致しています。光度もよく合っていますので、この日の観測はこの恒星を測ったのに間違いないでしょう」と2014年10月と11月の観測は恒星を測ったものだったという氏の結論が報告されていました。そこで2月5日16時21分に小惑星センターへの定時連絡の際、ギャレット(ウィリアムズ)にこのことを連絡しておきました。ギャレットは3月発行のMPC 92397〜92398上で、この彗星の2014年10月と11月の観測は間違いだったことを公表しました。

2015年1月の観測で、小林氏の連結軌道の精度が確かめられたと思っていました。しかし氏は、これだけでは不十分と思ったのか、2月7日00時04分には「116P/Wild 4の動向が気になりますので、久しぶりに大泉で観測してみました。東の空には満月を過ぎたばかりの月(月齢17)があり、夜空を明るく照らしていましたが、それでも、3分露出で何とか捕捉することができました。こんな悪条件でも写るのですから、光度は18等よりは明るく、17.5等前後ではないかと思います。形状は拡散状で尾はありません。NK 2812の軌道からの残差(O-C)は最大+1.3″で、まだよく合っています」という報告とともに、氏が2月6日に行った観測が届きます。氏には17時10分に『しばらく使っていなかった望遠鏡がすぐ使えるとは立派なものです。私なんか使い方もわからなくなって放ってあります。拡散状ということは、見てすぐ彗星とわかるのでしょうか。となると10月と11月の観測は今回の初再観測ですので、見誤った(暗かった)ということでしょうか。ただ、ほぼ全周で観測できる彗星ですので、無理すれば観測できるはずです。観測者が未熟なのでしょう。しばらく様子を見てみましょう』というメイルを返しておきました。さらに氏は2月10日にも追跡観測を行い氏の軌道の整合性を確かめています。

ところが……です。3月に入り、彗星の新しい観測がMPEC E14(2015)に公表されます。それを見た小林氏から3月4日19時17分に「116Pの追加観測(1月と2月の観測)が公表されましたが、まだおかしな観測が2月17日と22日にあります。この人たちは何を測ったのでしょうか。赤経の残差が−36″と、2014年10月と11月の観測と揃っているのがなんとも面白いです」というメイルが届きます。そこで氏には23時58分に『む〜ん。10月と11月、そして2月と、残差はいずれもマイナスへ同じ程度のずれですね。核がかなり離れて2個あるのではないかなぁ……。暗くて、ときどき気まぐれに明るくなる変光している核が……』というメイルを送っておきました。

さて、2月22日の観測は、私が観測者として信頼しているASOのシェロード氏が行ったものです。そこで、3月9日02時16分になって、氏に『いつもあなたの観測を私に送っていただき本当にありがとうございます。最近では、彗星の観測のMPECへの公表は遅れ気味であるために、あなたからの新鮮な彗星の観測を受け取ることはとてもうれしいことです。また、あなたの光度観測も、ときどき天文雑誌(月刊)に採用しています。さらにお礼が遅くなりましたが、この前のしし座流星群の出現を確認していただいたことは大変ありがたいことでした。ただし、ディビット(アシャー)と私には残念なことでしたが……。ただ私は、まだ局所的に世界のどこかで流星の出現があったのではないかとも思っています。

ところで、私から送っている毎月の小惑星の残差は届いていますか。このリストは今だにOS/2コンピュータ上から送っており、今のメイルシステムと整合性があるのか心配しています。ところで、今回メイルを送ったのは、116P/Wild 4のあなたの2月22日の観測のことです。あなたも多分知っているとおり、116Pは軌道改良が大変難しく、その運動に小林氏と私は特段の興味を持っています。多分あなたは、今月送った彗星の軌道改良の中に小林氏によるこの彗星の軌道(NK 2812)があったことに気づかれたものと思います。私は、現時点で彼のこの軌道がベストのソリューションであると思っています。そこにある2014年10月と11月の観測の残差が−40″もあることに気づいたでしょう。これらの観測は、実は恒星であったことが彼の調査でわかっています。

小林氏は、彼の軌道の信憑性を確かめるため、2月にこの彗星を観測し、観測がフィットしていることを確かめています。これらの観測をも含め、小林氏が軌道を再度改良すると、あなたの観測には、2014年10月と11月の観測と似たような傾向が見られ、彼の軌道から−37″のずれがありました。ただ、2月の観測は、この彗星の移動量と同じ速度で若干移動しているように見えます。そこで、チェックして欲しいのは、あなたが測定した位置に本当に拡散状天体があるのかということです。このとき彗星は17等級であったと思われます。一方、あなたの画像の極限等級は恐らく19等〜20等級まで達しています。従って、測定位置に拡散状天体があるなら、より明るい拡散状天体が残差で示された位置にあるはずです。この場合、これが本当の116Pでしょう。もしあなたがもう一度画像を見直してくれれば、私たちにとって本当に嬉しいのですが……』という問い合わせを送っておきました。

シェロード氏からは、それから約2時間後の3月9日04時36分にメイルが届きます。そこには「Yes。私は、きみからのすべての情報を受け取っていると思う。指摘のあった2月22日の観測は、測定ソフトが116Pより西に約45″離れた位置を指定したために、その天体を測ってしまったようだ。残念なことに望遠鏡の入れ替え作業のため、このときの画像は1枚しか残っていない。しかしその画像を下のとおり測定した」と氏の観測は、別物を測ってしまったことが書かれてありました。それを見た小林氏からは、その日の夕方18時13分に「調査いただきありがとうございました。「−40″の残差」の謎はほぼ解明されたように思います。ただ、副核が存在しないのは大変残念でしたが……。しかし、シェロード氏ほどのベテラン観測者でも、このようなミス(測定ソフトが指示した位置に天体(恒星)があると、それを測ってしまう)をするのですね。氏の再測定値を追加して軌道改良を行いました。軌道要素は前回のものとほとんど変りませんので、2014年/2015年の残差のみ、以下に添付いたします」という報告があります。小林氏の結果を18時27分にシェロード氏に送り、この件は一件落着となりました。

さて、ウィルド第4周期彗星は2015年5月以降、太陽に近づき8月中旬に太陽と合となります。このため、彗星が太陽から離れるこの秋以降まで観測ができません。5月26日になって小林氏は、この4月までに報告された観測から新たな連結軌道(NK 2917)を計算しました。今後観測が再開されたとき、この連結軌道がどの程度の精度で合っているのか大変興味があります。なお、この彗星は2016年の近日点に近づくにつれ、次第に明るくなっていきます。

このページのトップへ戻る