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彗星会議レポート

[ 文: 第37回彗星会議実行委員長 村上茂樹 (写真:長峰聡)]

彗星会議は、彗星に興味を持つ人が一堂に会して交流を深め、彗星とより楽しく接するための集会で、1971年から毎年開催されています。参加資格はなく誰でも参加できます。最先端の彗星の研究・観測から、新彗星の捜索・発見、観望や撮影を楽しむための情報交換まで、彗星に関係する幅広いテーマを扱っています。発表は、わかりやすさを重視したものが多いのも特徴です。(第37回 彗星会議 in 新潟八海山

4月7日(土)午後から8日(日)午前の日程で、新潟県南魚沼市の日本大学八海山セミナーハウス(60cm反射望遠鏡併設)、および隣接する南魚沼市農業体験実習館「レイホー八海」において、第37回彗星会議が開催され、彗星発見者9名を含む62名の参加者がありました。

本年の会議は、以下の順序で進行しました。


《 1日目 》

講演を行う関勉氏の写真

関勉氏の特別講演「彗星発見の奇跡」

今回の会議の目玉は、この関勉さんによる特別講演でした。ご講演中の関さんは、まるでオーケストラの指揮者のように盛んに腕を振り、指先にまで神経を集中して熱弁を振るわれました。聴衆はその渦にすっかり巻き込まれて時の経つのも忘れて聞き入っていました。講演のハイライトは、ピアノ曲「イケヤ・セキ彗星」が初めて公開され流されたことです。この曲は、キューバの作曲家ホセ・カレヨ氏が大彗星となったC/1965 S1池谷・関彗星(1965年発見)に感激して作曲されたもので、大彗星を見たときの言葉では言い表せない興奮と胸の高鳴りを表現しているかのようでした。

小惑星「ムリカブシ」の写真を受け取った関勉氏(左)、写真を手渡した国立天文台の福島英雄氏(右)

お話の中で印象に残ったのは、再発見は不可能だと思われていた41P タットル・ジャコビニ・クレサック彗星を、関さんが1978年に再発見されたときのエピソードです。このとき、当時高価だったコダック社の103aOという乾板(フィルム)を惜しみなく使ったというのです。ほとんど見込みのないことに対してもわずかな希望を託してひたすら努力する、それは情熱のなせる技であって、お金のことなど気にしてはいられなかったとの弁。情熱と努力でまだまだ発見の可能性は開けるということをご自身の体験から熱く語られ、参加者にもその熱意が伝わってくる素晴らしい講演でした。

講演の後、国立天文台の福島英雄さんから関さんに、小惑星「ムリカブシ」の写真が手渡されました。写真は、石垣島天文台に設置されている105センチ反射望遠鏡がとらえたものです。小惑星「ムリカブシ」という名前は関さんが、石垣島天文台の105センチ反射望遠鏡のニックネームにちなんでつけられたものです。

対談を行う関勉氏と村上茂樹氏の写真

対談 関勉 vs 村上茂樹

コメットハンターとして、いつまでも希望を捨てず集中力を持って捜索を続けることこそが大切で、まだ彗星の眼視発見は可能であるという点で意見の一致をみました。その後の質疑では、眼視彗星捜索者を中心に自動サーベイが稼働している現状における発見の可能性などについて活発な討論が行われました。

分科会

5つの分科会が設定され、それぞれ別々の部屋で討論がなされました。分科会と座長は以下の通りです。

  • 眼視観測 宇宙の神秘をライブで体験しよう!(吉田誠一)
  • 位置観測 追跡観測で軌道計算に貢献しよう!(鈴木雅之)
  • 分光観測 サイエンスで彗星の正体を探ろう!(古荘玲子)
  • 撮影と画像処理 初心者歓迎・彗星の変化を追いかけよう!(門田健一)
  • 彗星捜索 発見のチャンスはまだあるぞ!(関勉)

60cm反射望遠鏡による観望会

日中は晴れていたのですが夕方から曇り空となり、雲を通してでしたが土星を観望しました。

彗星カルトクイズの写真

懇親会・彗星カルトクイズ

恒例となりつつある織部隆明さん出題の彗星カルトクイズを核に懇親会は盛り上がりました。クイズは奇問難問が続出で予選落ちする人が予想よりも多く、問題が余る有様でした。勝ち残った5名による本戦の結果、彗星観測者の吉本勝己さんが圧倒的な高得点で見事、彗星カルト王となられました。上位3位の人には景品があり、その大半は株式会社アストロアーツから提供されました。


《 2日目 》

研究発表の写真

参加者の集合写真

研究発表

8件の口頭発表と2件のポスター発表がありました。恒例の中村彰正さんによる発表では、2006年の発見と観測数の報告が行われました。門田健一さんからは、新天体発見時の確認について現場の生々しい状況の報告とアドバイスがありました。織部隆明さんからは彗星型軌道を持つ小惑星の測光観測について報告がありました。

森淳さん、浜根寿彦さん、古荘玲子さんによる3件の73Pシュワスマン・ワハマン彗星に関する発表と、吉田誠一さんの光度変化についての成果から、彗星が増光するか否かを決めているのは、組成の違いではないらしいことが分かりました。また、渡部潤一さんは、ほうおう座流星群の母天体を例にあげ、彗星の活動を過去に遡ることで、彗星は小惑星になるかどうかを検討する発表でした。

ポスター発表では、秋澤宏樹さんによるマクノート彗星の尾の構造解析と彗星夏の学校の紹介がありました。このほか、参加者が持ち寄った彗星の写真を展示するコーナーがあり、長めに設定されたコーヒーブレークの際には活況を呈していました。


レポートの最後に〜彗星観測の面白さ〜

突然出現し、そして去ってゆく彗星。それは恐竜絶滅の原因となったかもしれない、そして地球に生命の源となる有機物と水をもたらしたのかもしれない。彗星は、地球の生命にとって破局と誕生という両極端の可能性を持った天体なのです。その不思議な姿は、見る者に畏怖の念を抱かせるだけではなく、どんな変貌を遂げるのか未だに予測が困難で、突然増光したかと思えば急に暗くなって見えなくなることもしばしばです。また、流星の素になる塵をまき散らすのも彗星なのです。

科学的にも興味の尽きない天体「彗星」へと人々が駆り立てられるのは、このようにほかの天体とは少し違い、気まぐれで変化に富むという魅力的な性質をもっているからです。そして捜索によって彗星を発見することができたなら、発見者の名前がつくというのも大きな魅力です。さあ、あなたも彗星へ望遠鏡を向けて、一緒に語り合いませんか。

村上茂樹: 1962年滋賀県生まれ、45歳。小学5年生で天体観測を始める。中学2年生のとき、偶然、約1ヶ月遅れでC/1975 N1 小林・バーガー・ミロン彗星を「独立発見」し、これがきっかけとなって彗星捜索を開始。C/2002 E2スナイダー・村上彗星を発見。第37回彗星会議in新潟八海山 実行委員長。