[HST] He2-90の謎

【2000年8月31日 STScI-PRC00-24 (2000.8.31)

「ケンタウルス座」の方向およそ8,000光年の距離に位置するHe2-90と呼ばれる天体が謎をよんでいる。

HSTがとらえたHe2-90。上は広域画像、下はクローズアップ画像

画像上は、NASAのハッブル宇宙望遠鏡(HST)がとらえたHe2-90。双極方向に細いジェットを吹き出すこの天体(注:左右方向にのびているのはジェットだが、それ以外の4方向にのびているのは望遠鏡の光学系の悪影響によるもの)は一見、チリの円盤に覆われた若い恒星のように見えるが、そうではない。この天体は、低質量の恒星がその寿命を終える過程で形成される「惑星状星雲」として知られるものだ。ところが、最近のHSTの観測により、実は惑星状星雲でもないかもしれないことがわかってきた。

観測チームは現在のところ、この謎の天体の正体について、老いた2つの星なのではないかと推測している。そのシナリオによると、2つのうち一方は赤色巨星と考えられ、恒星の上層を構成する物質を放出している。赤色巨星から放出された物質は、もう一方の小さいが高密度の星――おそらく形成されて間も無い白色矮星(太陽程度の質量の恒星が死んだ後に残る、かつての恒星の核の名残り)――の重力にとらえられ、その周りに渦を巻いて降着円盤を形成しているという。だが、これらの2つの星はHSTによる画像では直接見ることはできない。2つの星はチリの層に覆われているためだ。

双極方向にのびるジェットには、それぞれ6つ以上のガスの塊が見られるが、これらは少なくとも毎時60万kmという速度で運動していると推測される。そしてこれらのガスの塊は、およそ100年ごとに吹き出されているとみられ、He2-90の降着円盤の周期的な不安定さによりまとまったガス噴出が起こっている可能性がある。降着円盤は、星が誕生する過程でも形成され、He2-90に見られるものと同様のジェットを噴出する。なお、地上望遠鏡による長時間露光観測により、He2-90のジェットは少なくとも10万天文単位(1天文単位は、太陽と地球との平均距離であり、およそ1億5千万km)にわたって延びていることがわかっている。

ここで、He2-90のジェットの速度が中程度であることから、2つの星のうちの一方が白色矮星であることが推測された。コンプトン・ガンマ線天文衛星の観測により、He2-90の付近からガンマ線の放射があることが判明していたことから、中性子星またはブラックホールの存在が疑われたのだが、中性子星またはブラックホールの周りの降着円盤から吹き出るジェットは、光速の20%〜30%もの高速であることが知られており、He2-90に見られるジェットはずっと遅い。観測チームでは、今後の詳細観測により、He2-90付近からのガンマ線放射の源を正確に突き止めることを目指している。

画像下は、HSTによる中央部のみのクローズアップ画像だ。中心をやや離れた位置に、明るい部分を二分する暗い円盤状構造があるのがわかる。この構造は降着円盤としては大きすぎるのだが、多くの理論はジェットの形成のために降着円盤の存在を必要としている。このことから、He2-90の中心にある星が1つではなく2つであることが疑われた。

画像下の左右端に見えるのは、それぞれジェットを構成するガスの塊。これらはおよそ30年前、He2-90の中心から1,000天文単位以内より噴出したと考えられる。

1999年9月28日、HSTの広視野/惑星カメラ2(WFPC2)による撮影。詳しい研究報告は、8月1日発行の『アストロノミカル・ジャーナル』誌に発表される。


画像提供:  NASA