「かぐや」のデータから、巨大な天体衝突起源のマントルを発見

【2010年7月5日 JAXA

月周回衛星「かぐや」による月全球表面の観測によって、月の形成や進化のカギを握るカンラン石の分布およびその起源が初めて明らかになった。カンラン石にはマントル起源の岩石が多く含まれていたため、月の表面から約100kmの深さにあるマントルが、巨大な天体の衝突によって掘り起こされたものと考えられている。


(カンラン石に富む領域の月全球分布(緑点)の画像)

カンラン石に富む領域の月全球分布(緑点)。クリックで拡大(提供:JAXA、以下同様)

(衝突盆地周りのカンラン石に富む領域 (赤点)と標高の対応関係。(a)危機の海、(b)湿りの海、(c)南極エイトケン盆地(黄点線は盆地の縁辺部に対応)の画像)

衝突盆地周りのカンラン石に富む領域 (赤点)と標高の対応関係。(a)危機の海、(b)湿りの海、(c)南極エイトケン盆地(黄点線は盆地の縁辺部に対応)。クリックで拡大

ケイ酸塩鉱物の一種である「カンラン石」は、月の「マントル」と呼ばれる層構造を構成する主たる鉱物と考えられている。カンラン石は比重が大きい(重い)ために沈み込んでしまい、通常は月の表面に現れていない。しかし、クレーターを形成するような巨大衝突の際には地下の深い場所から表面に現れると考えられており、月の内部を理解するためのカギを握る物質と考えられている。

これまで、カンラン石に富む領域は数か所しか報告されていなかった。しかも、それがマントルに由来するのか、より浅い地殻下部のマグマに由来するものかは、はっきりしていなかった。

国立環境研究所 地球環境研究センターの松永恒雄(まつながつねお)地球環境データベース推進室長を中心とする研究チームは、「かぐや」に搭載されたスペクトルプロファイラ(SP)と呼ばれる観測装置を使って、月全球にわたる7000万もの観測点を調べた。SPは、かつてない高い空間分解能と波長分解能、広い帯域を持つのが特徴で、得られたスペクトルをさまざまな鉱物の固有の吸収スペクトルと照合することで、月表面に分布する物質の鉱物種を識別することができる。

同チームの山本聡(やまもとさとる)研究員らは、得られたデータを、カンラン石が持つ中心波長1.05μm(マイクロメートル:1mmの1000分の1))の吸収帯に着目して解析した。その結果、カンラン石に富む領域を新たに31か所(観測点としては約250点)発見した。また、過去の検出報告の多くは誤りであることが明らかになった。

以前から報告されていた3か所を含む、カンラン石に富む34の領域は、どれも地殻の薄い巨大衝突盆地の周りに限られており、月の裏側などの地殻の厚い部分や、従来カンラン石に富むのではないかと考えられていた中程度のクレーターの中央丘にはほとんど存在していなかった。

このことから、月の表面に見出されたカンラン石は、かなり深い(100km)ところにある物質、すなわちマントルが、巨大天体の衝突によって掘り起こされたものと考えられる。さらに、今回見つかったカンラン石に富む領域の反射スペクトルを詳細にモデル解析したところ、このスペクトルが、カンラン石に富む岩石のなかでも、マントル起源と考えられるダンカンラン岩(ダナイト)にひじょうに近く、下部地殻にあると考えられているトロクトル岩(トロクトライト)とは一致しないことも明らかになった。

これも、月表面で検出されたカンラン石がマントル起源であることを裏付けている。一方、より深く掘り起こされたであろう巨大衝突盆地の中央部で発見されなかったのは、衝突による大規模な溶融で再びカンラン石が深部に沈んだことや、海の形成にともない表面が玄武岩質の溶岩で埋め尽くされたことによると考えられている。

最新の月進化モデル(マグマオーシャンモデル)によると、地殻と上部マントルの間にはマグマから最後に固化した放射性元素に富む岩石の層(「クリープ」と呼ばれる)があり、カンラン石を掘り起こすような巨大衝突があればクリープも表面に現れると考えられている。しかし、過去の探査によるとクリープは月表側中央の巨大盆地地形(雨の海、嵐の大洋等)に濃集しているものの、今回の探査でカンラン石が大量に見つかったモスクワの海や危機の海では濃集は見つかっていない。これは、カンラン石が掘り起こされた巨大盆地形成時より前に、このような物質が月の表側の一部またはマントル深部に濃集し、それ以外の領域には存在しなかったことを示唆している。

今回の発見は、このように、月マントルの形成、ひいては地球など他天体の進化の理解につながる大変重要なものとなった。

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