元横浜こども科学館の遠山御幸さんが天文業界に復帰

【2008年4月2日 アストロアーツ】

財団法人横浜市青少年育成協会に勤務していた遠山御幸さんが、55歳を迎えたのを機に2008年3月31日付で職場を辞し、プラネタリウムの業界に復帰するとのことです。遠山さんは、横浜市の外郭団体であり指定管理者として はまぎんこども宇宙科学館(横浜こども科学館)の管理運営を行っている同財団に、事業企画部長として勤務していました。


(カッシーニ探査機の打ち上げシーンのイラスト)

カッシーニ探査機の打ち上げシーン。全天CGシステム用にドームマスターと呼ばれる方式でレンダリングしたもの。本来のサイズは4K×4K。クリックで拡大

(カッシーニ探査機のイラスト) (スペースシャトル打ち上げのイラスト)

カッシーニ探査機とスペースシャトル打ち上げ(ノーマルのレンダリング)。クリックで拡大

遠山御幸さんは、1972年から茨城県の水戸プリンス・プラネタリウム(主任)、1977年から宮崎県の宮交シティ・宇宙ミュージアム(館長)を歴任。1984年には、はまぎんこども宇宙科学館(横浜こども科学館)を管理運営する横浜市の外郭団体に着任し、天文係長として長年プラネタリウムの業務に携わりました。そのキャリアは33年近くになります。とくに生解説を重視しながらも、プラネタリウムの番組制作に力を注ぎ、日本初であった同館の傾斜型プラネタリウムにおいて、スタッフとともに傾斜型プラネタリウムの投影スタイルを確立しました。

その一方で、サイエンス・イラストレータとして、また日食の解説記事の執筆者としての活動などでも知られ、天文雑誌「スカイウオッチャー」や科学情報誌などに多数のイラストや日食に関する解説記事を掲載してきました。1988年3月にインドネシア〜フィリピン〜小笠原沖で見られた皆既日食では、NHKテレビの中継録画を通じてフィリピンから衛星中継によりコメントを行うなど、新聞やテレビなどに情報の提供や取材協力を行ってきました。とくに1994年のシューメーカー・レビー彗星木星衝突の時には、そのイラストが当時では珍しいカラーの画像で朝日新聞をはじめ地方紙の紙面を飾りました。最近では、CGクリエイターとして3DCGソフトを使用した天文画像の制作でも知られています。

しばらくの準備期間を経て、今後は、個人事業者として地域を中心とした移動式プラネタリウムによる出張投影や、3DCGソフトを使用したプラネタリウム用映像コンテンツの制作とプラネタリウム館への供給、インターネットによるCGイラストの出力の販売、プラネタリウムの初心者を対象としたノウハウ集の作成などを行っていくそうです。これらを集約したウェブサイトの公開についても準備を進めており、事業の案内、イラスト等のギャラリー、エッセイなどを盛り込んで、今年6月をめどに公開していく予定とのことです。