正体不明、月の渦模様

【2006年7月4日 SCIENCE@NASA

月の地形といえばクレーターや海、山脈などいろいろあるが、どれにも属さない特殊な地形が存在する。その1つが、小型望遠鏡でも見ることができる「ライナーγ(ガンマ)」だ。そこには起伏がないのに、白い渦模様が見える。そして周りには磁場が存在する。長年研究されているにもかかわらず、その成因はわかっていない。


(ライナーγの画像)

ESAの月探査機SMART-1が撮影したライナーγ。模様はおよそ30×60キロメートルの大きさだ。クリックで拡大(提供:ESA/Space-X (Space Exploration Institute))

熱いコーヒーにクリームを注いで、ゆっくりかき混ぜたときの模様は誰でも見たことがあるだろう。よく似た模様が、月面にもある。ただし、大きさはコーヒーの上に描かれた渦の100万倍ほどある。おかげで存在自体は小型望遠鏡でもわかるのだが、どんな原理で描かれた模様なのかは誰にもわかっていない。

模様の名前は「ライナーγ」。「嵐の大洋」の西端付近にあり、黒い海に対してまさにクリームのように白く浮かび上がっている。多くの天文学者はいびつなクレーターだと考えていたが、1966年にNASAの月探査機、ルナ・オービター2号が至近距離から撮影した結果、この説は否定されてしまった。カップの中のコーヒー同様、そこには起伏がなかったのだ。

月の探査が進むと、同じ渦模様が月の裏側で2つ見つかった。1つはちょうど「雨の海」の反対側、もう1つは「東の海」の反対側だった。「雨の海」と「東の海」はともに巨大な隕石衝突跡(ベイスン)だ。天体の衝突が渦模様に関わったのではと推測できる。さらに1972年には、地球の磁場を計測しようとしていた探査機が、偶然にも渦模様の周りに磁気があるのを発見した。月は地球と違って、全体として磁場を持っているというより地殻のところどころが磁気を帯びており、さながら磁場のパッチワークのような状態にある。その中でも特に強い磁場を持っていたのが、渦模様の上だったのだ。

地球磁場を測定しようとして月の渦模様に磁場があるのを発見した米・カリフォルニア大学バークレー校のBob Lin氏は、以来40年近くもこの模様について研究を続けている。彼は、渦模様の起源についてこのような仮説を示している。

「40億年近くもの昔、月には液体金属の核があり月全体としての磁場が存在しました。このとき小惑星が月に衝突したとしましょう。衝撃により電導性のガス(プラズマ)が舞い上がって、月の周りを掃くように広がりながら磁場を「押す」ことになります。プラズマの雲はちょうど衝突地点の反対側に集まって、そこに磁場が集中することでしょう」。数十億年後、月の核は冷えて全体としての磁場は消えた。そして、局所的に強い磁場、すなわち渦模様の磁場が残ったというわけだ。

この仮説はクリームのように白く浮かび上がる渦模様の外見も説明できる。月の砂は太陽風にさらされると色が暗くなるという研究結果があることから、渦模様を取り巻く磁場が太陽風をそらして砂を白いまま保ったと考えられるのである。つまり、月面の渦模様は、そこに存在している磁場の「影」に過ぎないことになる。

ここまではうまく説明できているように聞こえるかもしれない。しかし、実は致命的な問題をかかえている。ベイスンの裏側とは違う場所にある渦模様が存在するからである…そう、ライナーγだ。今後さまざまな無人探査機、さらにはアポロ以来の有人探査で、月面の調査が予定されている。しかし、それまでの間、「渦模様の正体は何か」という問いに対してLin氏はこう答えるしかないようだ。「私たちにはわかりません」。

ライナーγについて

ライナーγは、小型の望遠鏡でも容易に見つけることができます。月が地球に向けている面の西端付近にあるので、満月から新月にかけての頃ならいつでも見られます。渦のように暗い色と明るい色が入り交じっている様子を観察することはできませんが、クレーターとは違ってどの月齢でも同じような外見をしているなど、特異な存在であることはよくわかるはずです。

ライナーγの位置はこちらの月面マップ(倒立像)を参照してください。また、この他の見どころは【特集】夏の星空を楽しもうの「月の名所を楽しもう」で紹介しています。