光害、ますます深刻化。天文学者たちが全人類へ向け警鐘

【2000年8月22日 国際天文学連合 (2000/8/16)

我々人類は、照明の正しい使い方を早期に学ぶ必要がある。照明は地上を照らすものであり、夜空を照らしてはいけない。さもなくば人類はいずれ、星空をすっかり失ってしまうことになるだろう。

イギリス・マンチェスターにおいて8月7日〜18日の日程で開催された、国際天文学連合(IAU)の総会において、天文学者たちは世界の全ての人々に向け、このような警鐘を発した。

1999年にもIAUは、オーストリア・ウィーンで開催された国連の「UNISPACE III」と題されたカンファレンスと平行して、宇宙研究委員会(Committee on Space Research; COSPAR)および国連の外宇宙問題事務局(Office of Outer Space Affairs)との協力のもと、「天文学のための夜空の保存」と題されたシンポジウムを開催したのだが、この問題は差し迫っており、再びマンチェスターにおいて警鐘が繰り返されることになった。

「光害(ひかりがい)」は、人類の用いる安易な夜間照明が夜空を明るくし、天体観測に害を及ぼすという公害だが、その影響はプロの天文学者だけでなく、全ての人々に及ぶ。平均的な一般人であっても、都市の放つ光の渦からずっと離れた郊外で夜空を見上げれば、数千個もの星たちの輝きを見ることができるのだ。人類が照明を増設するにつれ、ヨーロッパではこの天界からの輝きが少しずつ失われつつある。しかも、照明が夜空を照らしている分の電力は、人類にとって全く無駄なものだ。ヨーロッパ全体では、毎年何億ポンド(1ポンド=約160円)分にも相当する電力が、夜空を照らすことで浪費されている計算になる。人類が地上を照らすために設けているはずの夜間照明のエネルギーは、かなりの部分が無駄になってしまっているのだ。

南米チリのセロトロロ・アメリカ大陸天文台の天文台長、Malcolm Smith博士は、次のように問いかけている。「あなたの住む都市や街を見回してごらんなさい。いかに多くの街灯が、多くの光を上空に向け投げつけているか、ごらんなさい。そして夜空に見える星の数を数えてみてごらんなさい。また、あなたが30年前の夜空を覚えているなら、思い出してごらんなさい。当時、天の川は見えましたか? 今は見えますか?」

「少しずつ、そして気付かないまま、我々人類はみな、宇宙との直感的なつながりを失いつつあるのです。」Smith博士は語っている。「光害の影響はそれだけではありません。光害は、人類が自然環境に与えている最も急激な変化のひとつであり、動植物もまた光害による悪影響を受けているという報告もあります。また、哲学から宗教、美術から文学、そして科学などの人間文化は全て、夜空と、その向こうに広がる果て無き宇宙との関わりの中で生まれてきたものです。我々はこの夜空を、未来の世代から不必要に奪おうとしているのでしょうか。」

イタリア・パドアの天文学者、Pierantonio Cinzano氏らのグループは、上空から地上を観測する人工衛星を用いて、世界中の都市や街の光害の状況を調査してきた。彼らが作成した光害地図のいくつかからは、広域に広がる深刻な光害のようすが見て取れる。その一例。他の画像は、Pierantonio Cinzano氏らによるLight Pollution in Italyを参照。しかし、街灯の設計を改善することにより、今と同等またはそれ以上の地上照明効果を保ちつつ、電力消費量を現在の1/3以下にまで下げることが可能と見積もられており、さらに、電力消費量の低下は、それにより不要となる発電所からの汚染を低減することにもつながる。

訳者補足:現在の一般的な街灯は、水平よりやや上に照射される光――夜空を明るく照らし出し、星の輝きを失わせる全く無駄な光――と、水平よりやや下に照射される光――地上を明るくすることに役立たないだけでなく、遠目に見るとまぶしく見えるので視認性を低下させてしまう――を合わせて、全光量のおよそ30%が無駄になっている。しかし、光漏れ防止のカサの形状を慎重に設計し、無駄になっている光をうまく地上に反射させてやれば、夜空を直接照らす光量を減らすことができるだけでなく、ひとつの街灯でより明るく地上を照らすことができる。しかも、遠目に見たときのまぶしさを低下させるので、視認性も良くなる。その場合も、地表に反射された光が間接的に夜空を照らすことになるが、地表の反射率は平均10%程度に過ぎないため、仮に街灯の全光量が地上を照らした場合に夜空を照らす光の量は、街灯の全光量の10%程度になる。実際は、全光量が有効に地上を照らすような設計は難しいため、もっと少なくなるだろう。街灯へのしっかりした漏光防止カサ取り付けを徹底するだけでも、夜空の明るさは現在の半分以下にまで減らせるはずなのだ。電灯の種類を天体観測に障害が少なく消費電力も低い「低圧ナトリウム灯」に変更するなどすれば、さらに効果はあがる。

満天の星がきらめく夜空を守る

天文学者が巨大な望遠鏡を設置して宇宙の果てを探求するのに適した、清楚な夜空を残す土地は、まだ残されてはいる。ハワイ、チリ、カナリー諸島などが代表的だ。だがそれらの特別な土地からでさえ、街の明かりを見て取ることができてしまう。これらの特別な土地を光害から守るため、近辺の都市からの漏光を制限する法律が設けられるなど、多大な努力が行なわれている。Smith博士が、セロトロロ天文台近辺のとある街での成功例を語っている。それによると、その街では年間の電力消費量を約40%削減することに成功し、さらには美しい星空を呼び物に、ヨーロッパやアメリカからの観光客を獲得することにも成功した。そして市立天文台は、近辺の生徒たちに人類の宝であるこの美しい夜空を守ることの重要さを教えることに役立てられているという。

電波天文学では電波干渉の問題も

今回の会合においては、電波天文学者たちが、彼らが大型電波望遠鏡を運用する上で深刻になっている電波干渉――電波天文学の「光害」――の問題について述べている。携帯電話、テレビ、衛星、空港のレーダーなどは、現代人の生活の上で重要なものだ。しかし、それらにより作り出される電波の氾濫により、クエーサーやパルサー、ブラックホール、宇宙マイクロ波背景放射などの繊細な観測がひじょうに困難になってきているという。例えば、ジョドレルバンク天文台の巨大な250mアンテナなどは、火星上に置かれた携帯電話からの小さな放射でさえ、容易に拾ってしまうのだ。

電波天文学者たちは、近代の氾濫する電波環境のただ中にも、宇宙の自然を観測する上で重要となる波長域だけは守ろうと必死で、電波使用を監督する行政機関とは常に密接に関わっている。また、「国際電波放射禁止協定地域」の設立も目指している。それらの地域には、現在世界中の天文学者たちにより計画されている、総有効アンテナ面積1平方キロメートルにも及ぶ巨大な干渉電波望遠鏡が建築されることになる。

光害の原因

光害の原因は、人々が、屋外に設置した照明から漏れでた光がどこにいくかについて考えようとしていないことだ。光害の対策のためには、ひとりひとりが地球の共有財産としての清楚な夜空の価値を認識し、光害問題に関心をもっていくことが不可欠である。

訳者補足:日本の光害問題

日本でも、光害問題は深刻だ。天の川が見える地域は少なく、天文ファンが愛用する優れた観測地でさえ、年々光害が増加してきている。1998年には環境庁が「光害対策ガイドライン」を制定するなど、光害への関心は高まりつつあるが、全体的に見てまだまだ一般の関心は高いとはいえない。多くの人が問題意識を持たない限り、実際の対策が進むことはないだろう。

30年前、天の川なんて見えて当たり前だった。当時、果てなく広がる満天の星たちの神秘に魅せられた少年少女達が、今日の日本の天文学を担っている。近年、若者の理系離れが問題化しているが、ここにも光害の影響があるに違いない。理系への興味には、身近な自然への好奇心が大きく関係しているのは間違いないが、その好奇心の大いなる対象のひとつであるべき神秘の星空が、今の日本からは失われてしまっているのだから。光害により人類が失いつつあるものは、あまりにも大きいのだ。

天の川が当たり前に見える世界をめざして。問題意識を持って欲しい。

より多くの情報については、下記サイトを参照して欲しい。

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