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天文雑誌『星ナビ』連載中「新天体発見情報」

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124(2015年7月)

2015年12月4日発売「星ナビ」2016年1月号に掲載

51P/ハリントン周期彗星(番外編)

この彗星の話は、先月号で終了のはずでした。しかし、ごく最近(2015年11月上旬)になって、9月と10月にA核の観測として報告されたすべての観測がD核の観測だったという出来事が起こりました。実はこのことにぼんやりと気づいたのは、そのときより約1か月前の10月上旬のことでした。毎月の彗星の軌道改良を行うために9月に新しく報告された観測の残差を調べていたときのことです。最新の軌道からのそれぞれの観測の残差を見ると、この彗星の9月のすべての観測の残差が表示枠外にずれるほど特段に大きいことに気づきます。『あれ、いったいこれは……』と思いましたが、『そうか、副核D核の軌道からの残差を出したのか』と納得し、このことを無視し特に調べることもなく、51Pの軌道改良は行いませんでした。

それから1か月が経過し、11月上旬に10月に報告された観測の残差を調べました。すると、この彗星の10月のすべての観測も1°以上にずれる大きな残差を示していました。『なんじゃ、これは……。NK 2916に公表したA核の連結軌道はそんなに悪いのか。いくらなんでもそんなはずはない……』と思いながら、表示されている近日点通過日への補正値を見ました。するとΔT=−1.15日です。この量は、先月号にあるD核のA核からのΔTに近いものです。『あるいは新しい分裂核か……』と思いながら、1994年のC核、2001/2002年と2015年のD核の観測から連結軌道を計算しました。すると、2015年9月以後にA核の観測として報告されたすべての観測とそれ以前に報告されたD核のすべての観測は、1994年の観測の残差が少し大きくなりますが、2001年以後の2008年、2015年の出現は問題なくつながります。

……ということは……9月以後に主核A核の観測として報告されていた観測は、すべてD核の観測だったことを意味します。『いったいこれは……』と思いながら、これまで報告された観測を調べてみることにしました。すると、A核の観測は、ブッフロエ(独)のハスビクが観測した8月26日の観測(全光度が19等級)が最後で、それ以後の観測はまったく報告されていません。A核より暗いと思われるD核の観測が9月と10月に報告されているのに……です。さらに先月号に紹介した2015年のB核として核符号が与えられた8月12日と21日の観測もD核の観測でした。このことは、11月9日に小惑星センターのギャレット(ウィリアムズ)と天文電報中央局のダン(グリーン)に知らせました。

さて、この原因として考えられるのは以下の通りです。9月と10月にはA核とD核の離角は1°を超えていました。おそらく、精度の良くないA核の軌道からの予報位置で観測を行ったところ、その予報位置近くにはD核がいたのでしょう。そのとき、大きく離れていたA核が写野外で写っていないために、D核をA核の観測として報告したのでしょう。3か所の観測者全員が8夜にわたりミスしているのには驚きですが、116P/ウィルド第4彗星(本誌2015年8月号参照)とよく似た認識ミスだったのでしょう。ただこの116Pのケースでは、精度の良くない軌道から測定ソフトの示した位置に恒星があって、その恒星を彗星だと間違えたものでしたが……。

海外の光度観測はまったく当てになりませんが、この時期のD核の光度はおよそ18等〜19等級でした。これは8月末のA核の光度(19等級)と大きく違いません。さらに得られた連結軌道では、A核に比べD核の非重力効果は小さく、その軌道改良も容易に行え、運動が安定しているようにも見えます。非重力効果が小さいということは核が重いということを意味することもあります。ひょっとしたらこのD核が本当は主核なのかもしれません。なお、2015年のD核の観測期間が延びたおかげで、1994年に観測されたB核、あるいはC核との同定は難しくなり、別の核として扱う方が無難になりました。なお、これらの新しい連結軌道がD核がNK 3013、A核がNK 3014にあります。

11月15日01時13分になってギャレットから「観測の訂正と軌道の入れ替えを行うので、A核とD核の軌道と修正すべき観測を送ってくれ」という連絡があります。彼とは、その夜の朝07時46分まで何回かの連絡を取りながらその作業を終了しました。

超新星 in NGC 7371=PSN J22460504-1059484

ところで、今住んでいる住居は最上階にあるせいか、四畳半ほどの2つのガーデンテラスが部屋と部屋の間にあります。本当は東にあるガーデンテラスの床をかさ上げして、望遠鏡の筒先を屋上まで出して彗星の観測を再開したかったのですが、それには残念ながらもう歳です。そこで、2015年7月9日にかねてより考えていた「ススキ」を草原から1株取ってきて、ガーデンテラスに植えることにしました。しかし、子供の頃、あんなにあったススキが、なかなか見つかりません。以前にススキがあった草原は、そのほとんどが「背高泡立ち草」の草むらに変わっていました。やっとのことで、見栄えのいいススキの株を見つけ、西のガーデンテラスに置きました。そのススキは、この原稿を書いている今、綺麗な穂を見せてくれています。締め切りに追われながら原稿を書いているとき、それらを見つめると心が和みます……。

7月10日には台風9号が沖縄を横切って、中国大陸方面に向かいます。このときはるか東の海上には、台風11号が本土を目指して進んでいました。それらの台風のお陰か、予報では7月9日から12日までは当地には晴れ間が訪れ、特に7月11日と12日は晴れるとのことでした。この晴れ間を利用して、7月11日朝には梅干を作るために1か月ほど塩漬けにしておいた梅の天日干しを行うことにしました。これらの梅は、母が入院して3年間、落ちるにまかせていた実家の庭の梅の木から、もったいないと思い取っておいたものです。

そろそろ天日干しの準備を……と思っていた7月11日朝、04時46分に携帯が鳴ります。板垣さんです。電話に出ると、氏は「晴れていますか」とたずねます。『夜半まではよく晴れていましたよ』「本当ですか。衛星画像を見ると台風9号の雲に覆われているようですが……」『でも、夜はよく晴れていましたよ』「ところで超新星状天体(PSN)を2個見つけました。あとで送ります」とのことでした。板垣氏との会話が終って外を見ると空は厚い雲に覆われていました。『何だ。板垣さんの言うとおりか……』と思いながらも、天気予報では昼から晴れるとのことです。そこで、梅の天日干しは昼まで待つことにしました。

その板垣氏の報告は06時02分に届きます。そこには「みずがめ座にあるNGC 7371とおひつじ座にあるNGC 938に出現した2個の超新星状天体を見つけました」という報告がありました。その1つ、NGC 7371のPSNは「60cm f/5.7反射望遠鏡で2015年7月11日00時43分にNGC 7371を撮影した捜索画像に、16.7等の超新星状天体を見つけました。発見後に撮られた5枚の画像上にその出現を確認しました。最近の捜索画像はありませんが、過去の画像にはその姿が見られません。銀河核から東に19.3″、北に15.8″離れた位置に出現しています」という報告でした。発見画像を見ると、円形の銀河に出現したけっこう明るい超新星でした。この発見は12時26分に中央局のダンに報告しました。板垣氏からは14時44分に「拝見しました。ありがとうございます。ちょうど1か月ぶりの捜索でした。それにもかかわらず、発見できて幸運でした。しかも2個です……」と報告の送付を確認したというメイルが届きます。この7月11日の昼間は、久しぶりに各地で猛暑日となっていました。

その夜(7月11/12日)の00時55分には、香取の野口敏秀氏から「板垣さん発見のNGC 7371に出現したPSNの観測報告です。もう1つのNGC 938のPSNはこれから観測いたします」というメイルとともに「23cmシュミット・カセグレインで7月12日00時11分にPSNを観測しました。光度は16.8等でした」という観測報告が届きます。氏の報告は、02時23分にダンへ送りました。板垣氏からは7月12日08時14分に「観測をありがとうございます」というメイルが野口氏宛てに送られていました。

この超新星は、7月11日到着のATEL #7787、さらにリック天文台の3m望遠鏡で7月20日に行われたスペクトル観測が7月22日到着のATEL #7821、米国ニューメキシコ州にある超大型干渉電波望遠鏡群(VLA)によって7月23日に行われた電波観測が7月28日到着のATEL #7845で紹介され、Ib型の超新星出現であったことが報じられています。

超新星2015ab in NGC 938=PSN J02283286+2017077

同夜に見つけたもう1個のPSNの報告には「同じ望遠鏡を使用して、2015年7月11日02時51分にNGC 938を撮影した捜索画像に17.3等の超新星状天体を見つけました。薄明が近づいたため、発見後に2枚の画像しか撮れませんでしたが、その出現を確認しました。最近の捜索画像はありませんが、過去の画像にはその姿がありません。銀河核から西に9.3″、北に6.3″離れた位置に出現しています」という報告がありました。発見画像を見ると、小さな楕円銀河に出現した小さな超新星でした。この発見はNGC 7371の報告の10分後、12時36分にダンに送付しました。

7月11/12日夜にNGC 7371のPSNの確認観測を行った野口氏から、7月12日02時51分にメイルが届きます。そこには「板垣さんが発見したもう1つのNGC 938に出現のPSNですが、私の機材(fl/1480mm)では、銀河とPSNを分離した画像が得られないため、測定ができませんでした」との報告でした。氏には03時29分に「ご苦労様でした。でもPSNは存在しているということですね」というメイルを返しておきました。

さて台風9号は、その後7月12日には朝鮮半島に向かいます。台風11号は南方海上に達し、そこから北上するような気配をみせていました。台風の影響で、当地はどんよりと曇った空となり、夕方からは雨も降り始めました。以前にも申し上げたとおり、ここサントピアマリーナは風の通り道です。夜になって南寄りの猛烈な風が吹き荒れていました。

しかし東日本は晴れていたようです。その夜の朝7月13日05時55分には、板垣氏からこのPSNのその後の光度が報告されます。その発見後に氏からの観測の報告を受けるのはめずらしいことです。もちろん実際には、氏が発見されたどの超新星も、発見後も引き続き追跡しているのでしょうが、野口氏のメイルを見て送ってきたのでしょう。そこには「三日間徹夜しました。ふらふらです。すみませんがTOCPに記載をお願いします」というメイルとともに「PSNは7月13日03時15分には16.7等でした。確実に明るくなっています」という報告がありました。氏の観測は、06時22分にダンへ送っておきました。

この超新星は、アジアゴにある1.82m望遠鏡で8月6日にスペクトル観測が行われた結果、Ia型の超新星出現であったことが8月12日23時59分到着のATEL #7903で報じられました。さらにそれから3か月が経過した2015年11月15日16時39分到着のCBET 4173で、この超新星にはSN 2015abが与えられました。そこには、美星天文台の綾仁一哉氏が7月27日にスペクトル確認を行い、その頃に極大となったIa型の超新星出現であることが報告されていました。

超新星 in anonymous galaxy=PSN J02513304+3730434

板垣氏の発見はさらに続きます。氏から7月13日05時39分に電話があります。『どうしましたか』「もう1個、見つけました」『えっ、晴れているのですか。こちらは大荒れですよ』「はい。3夜にわたって晴れ続け、もうくたくたです。ちょっと前に送ってあります」とのことでした。メイルを見ると氏からSN 2015abの再観測の報告が届いた30分ほど前の、7月13日05時31分にその発見報告は届いていました。そこには「ペルセウス座にある無名銀河を60cm f/5.7反射望遠鏡で2015年7月13日02時38分に撮影した捜索画像に、17.0等の超新星状天体を見つけました。発見後に撮られた2枚の画像上にその出現を確認しました。画像の極限等級は19等級です。最近の捜索画像はありませんが、過去の画像にはその姿が見られません。なお、銀河核から西に1.4″、北に7.4″離れた位置に出現しています」という報告が書かれてありました。発見画像を見ると、暗い小さな銀河に出現した小さな超新星でした。この発見は06時08分に中央局のダンに報告しました。板垣氏からは08時49分に報告が送られたことを確認したというメイルが届きました。この日の午後には、この数日間のうちでもさらに猛暑となり、東日本では38℃を超えた日でした。なお、7月23日に届いたATEL #7830では、アジアゴの1.82m望遠鏡で7月13日にスペクトル観測が行われ、この新天体はIb/c型の超新星出現とのことでした。

7月14日の高速移動天体

7月15日20時32分に群馬県嬬恋村の小嶋正氏より「人工衛星か」というサブジェクトをもったメイルが届きます。そこには「昨日7月14日21時すぎに150mm f/2.8レンズを装着したCanon EOS 6Dカメラでさそり座アンタレスの南2.5°付近を撮影した2枚の捜索画像上に、高速移動している10等級の天体を見つけました。ノイズかと思いましたが、約80秒後に写した別アングルの2画像にも写っていました。人工衛星だと思いますが、とりあえず位置を測定してみました。なお添付ファイルは、4画像を連結したものです」という報告がありました。おそらく、氏が行っている新星捜索中に見つけた天体なのでしょう。

報告された4個の測定位置を見ると、天体は約1.5分の間に東南東に200″ほど移動しています。つまり、日々運動は55°ほどになります。人工衛星の軌道を決定してみました。ただ、観測時間が短いのと位置精度が1桁少ないためにあまり精度良い軌道決定ができませんが、軌道傾斜角が32°、軌道長半径が11000km、周期が195分ほどの長円軌道を動く、直径が6mほどの人工天体(多分、デブリ天体)のようでした。既知の特異小惑星に同じものがないか探してみましたが、同定できる天体はありませんでした。

毎年、このような高速天体の報告が何件かあります。空を高速移動する天体は、発見直後に報告がないとその確認、追跡がきわめて困難です。まず、撮影された捜索画像上に移動天体はないか、ぼやけた天体はないか、撮影直後にざ〜と見渡すことをお勧めします。

発見直後に報告がないと、天体が仮に自然の天体である場合、撮影1日後の報告ではすでに追跡もできません。今後もし、このような天体を撮影と同時に発見した場合には、即座に発見者自身で追跡するとともに、同好者にも連絡して追跡を行ってください。なお、日々運動が50°もある天体の場合、観測場所による視差を生じます。近くの仲間に撮影してもらうのが無難となります。

※天体名や人物名などについては、ほぼ原文のままで掲載しています。