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天文雑誌 星ナビ 連載中 「新天体発見情報」 中野主一

053(2009年1月〜3月)

超新星 SN2009N in NGC4487

2009年1月24日朝は、帰宅時には小雪が舞うほどの寒い朝でした。しかし天候は、曇り空から晴れ間が見え始めていました。その夜は、20時20分にジャスコに出向き購入予定のパーツを探しましたが、欲しいものが見当たらず、仕方なしに南淡路のジャスコまで出かけました。そして、この夜オフィスに出向いてきたのは21時30分になっていました。その途中で美星の橋本就安氏から携帯に電話があります。氏は今夜、打ち合わせのため、洲本に出向いて来ます。その氏がやってきたのは23時00分のことでした。氏との打ち合わせは1月25日03時20分に終了し、氏は美星に戻って行きました。

その1月25日朝のできごとです。06時55分に電話があります。山形の板垣公一氏からでした。「中野さん、今栃木に来ています……」と話しかけます。『どうしましたか。また何か見つけましたか』とたずねると、氏は「はい。NGC4487にPSN(超新星状天体)です」と話します。「これから送りますので、よろしく」とのことでした。板垣氏からの発見報告は1月25日07時10分に届きます。そこには「2009年1月25日早朝、05時30分頃に栃木県高根沢町の観測所で30-cm f/7.8 反射望遠鏡+CCD使用して、おとめ座にある系外銀河NGC4487を30秒露光で撮影した9枚の捜索フレーム上に、16.6等の超新星状天体を発見しました。このPSNは、2009年1月4日に同銀河を捜索した画像上には、まだ出現していません。また、保有する多数の過去の捜索画像上にもその姿は見られません。30分間の追跡では移動なし。出現位置近くに18等級の恒星があります」という報告とその出現位置と銀河中心位置の測定値が書かれてありました。氏の報告は、07時42分に中央局のダン(グリーン)に送付しました。そして07時50分にオフィスを離れ、実家によって帰宅しました。この日の朝も引き続き寒く、小雪が舞う朝でした。

その夜は寒いので自宅で仕事をしていました。すると、1月26日00時54分に板垣氏から電話があります。氏は「昨夜の新星を確認しました」と話します。そこで01時55分に自宅を出て、02時10分にオフィスに出向いてきました。氏からの確認報告は00時34分に届いていました。そこには「こんばんは。1月26日23時47分に行った昨夜のPSNの確認観測です。光度は16.6等でした。かなり近い銀河です。でも光度変化は確認できません」と書かれてありました。01時24分には、上尾の門田健一氏からも「1月26日00時09分にPSNを確認しました。以下の位置に恒星像が存在します。光度は15.8等でした。機材は25-cm f/5.0反射+CCD(ノーフィルター)です。位置はGSC-ACT、光度はTycho-2(V等級)で測定しました。極限等級は18.5等でした」という確認観測が届いていました。両氏のこの夜の確認観測は、02時26分にダンに送付しました。

門田氏からは03時04分に「間違いないようですね。仮ですが、おめでとうございます。確認画像を添付しておきますね」と氏の確認画像が送られてきました。氏の画像では、超新星は銀河核から東、かなり離れた位置に輝いていました。04時57分には板垣氏から「おはようございます。門田さん、確認観測をありがとうございます。この銀河はかなり近い銀河です。でも光度変化は確認できません。もう最大の明るさ? 吸収が大きいのでしょうか? でもそんな馬鹿な、私には理解できません。それでがっかりして寝込んでしまいました。今、先ほど目が覚めました。そして気を取り直して捜索を再開しました」というメイルが届きます。板垣氏の言うのは、近接銀河ほど微々たる超新星の変化が明るさに大きく影響します。そのため、発見時に氏はその増光を期待したのでしょう。この発見は06時02分到着のCBET1670に公表されます。そこには、すでに超新星はイタリーのブッジによっても1月25日12時すぎに確認されたことが報告されていました。板垣氏からは、さっそく06時17分に「おかげさまでSN2009N in NGC4487になりました。先ほども観測しましたが、昨夜と比較して明るさの変化は観測できませんでした。この距離の銀河にしては不思議です。取り急ぎお礼まで。ありがとうございました」というお礼状が届いていました。

ところで、この銀河は近接銀河の1つで、その重要性を知っている研究者もいました。ハーバードのチャリスらの観測グループは、1月25日にホイップル天文台の1.5-m反射を使用して、早々とこの超新星をスペクトル観測し、超新星はその極大を2日ぐらいが経過したIIP型の超新星で、SN2005csとよく似ていることを1月27日01時32分に到着のCBET1671で報告しています。02時26分には、門田氏からは板垣氏に「こちらの光度測定は明るめだったみたいですね。今回の確認フレームは、90秒露出を12枚コンポジットしました。高度20゚ほどの低空でしたが、透明度が良かったのでよく写っています。すぐ北西に超新星より暗い星が写っていますが、分離できていないようです。発見画像をいただき、ありがとうございます。アストロアーツWEBニュースに掲載されました。累積の発見数もスゴイですが、限られた日程で栃木に遠征されると、かなりの確率で成果を出されているのもスゴイと思いました。寒い日が続きますね。お戻りになられてお疲れでしょうから、ゆっくりお休みください」というメイルが送られていました。

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アンドロメダ銀河の新星 M31 N2009-01aと2009-02a

1月28日20時40分に九州の西山浩一氏と椛島冨士夫氏からアンドロメダ銀河に出現した新星状天体(PN)の発見報告があります。彼らの報告には「1月28日19時08分に40-cm f/9.8反射で撮影した捜索画像上に18.6等のPNを見つけました。1月15日と17日に撮った極限等級が19等級の捜索画像には出現していません。なお、52分間の追跡では移動は認められません。新星の出現位置は、銀河核から東に1350"、北に440"です」となっていました。氏らの報告は1月29日02時23分にダンに送付しました。1月31日には、氏らから31日20時58分に行われた確認観測が届きます。新星の光度は18.5等とほとんど変化がありませんでした。それを見た板垣氏からは22時31分に「こんばんは。山形はすごい大雪です。大物新天体は、天候に恵まれないかわいそうな私のために残しておいて下さい。よろしくお願いします」というお願いが届きます。この確認は、月が変わった2月1日04時14分になってダンに知らせました。さらにこの新星については、2月1日夕刻に行われた西山・椛島氏の観測が届きます。彼らによると、新星の光度は18.2等とのことでした。

さらに2月6日21時20分になって、再び西山・椛島氏から「2月6日19時17分に40-cm f/9.8反射で撮影した捜索画像上に17.7等のPNを見つけました。2月1日と4日に撮った極限等級が19等級の捜索画像には出現していません。なお、50分間の追跡では移動は認められません。新星の出現位置は、銀河核から東に670"、北に1230"です」という同じくアンドロメダ銀河に出現した別の新星状天体の発見報告があります。この新星の報告はその日の明け方近く、2月7日04時05分になってダンに報告しました。彼らからは、7日23時12分になってその確認観測が届きます。新星は1等級ほど明るく、16.8等とのことでした。なお、この新星はブルガリアの観測グループからも、2月7日04時10分頃の独立発見が報告されました。これら2つの新星は、それぞれ2009-01aと2009-02aとして登録されました。

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2つの新星状天体

2月28日23時35分になって、中国のカオから「初めてお便りします。多分、あなたは私をご存じないでしょう。私は中国のアマチュア天文家で、彗星と変光星に興味を持っています。最近、私たちが行っている新星サーベイで2個の新星状天体を発見しました。私はこれらを中央局に報告しましたが、未確認天体のウェッブ・ページに掲載されることもなく、グリーンからも何の返事もありません。私はこれらの星が変光星カタログにも、AAVSOのオンライン・リストにも登録されていないことを確認しています。すみませんが、そちらの方で確認することができませんか……」というメイルが届きます。そしてメイルには、彼らのダンへの報告がつけられていました。それによると「発見は2月24日07時42分、2つのPNはへびつかい座に発見されたもので、PNの1つは11.5等、もう1つは12.5等、Canon EOS 350Dで撮影した捜索画像から発見。極限等級は13.5等」とのことでした。

申し訳ないことに、最近サブジェクトに「漢字」があるメイルに注意しているためか、カオのこのメイルに気づいたのは3月2日朝のことです。そこで氏には07時15分に『大変申し訳ないことに、私は今まであなたのメイルに気づかなかった。私はあなたが多くの新天体を発見していることは知っています。これら2個の天体については仲間にたずねてみます』というメイルを返しておきました。そして『ありゃりゃ……。こんなのが届いていた。どなたか確認していただけますか』というメイルとともに、山形、上尾、九州にこのメイルを転送しました。3月2日07時17分のことです。

3月2日夜、オフィスに出向いてくると、その日の昼13時52分に椛島冨士夫氏から報告が届いていました。そこには「報告された2つの天体は、USNO B-1.0カタログにある星(赤外光度で11.9等と10.7等)ではないかと思います。これらの星は、我々が2月21日、26日、29日に撮影した捜索画像上に10等級と12等級で写っています。ただし、3月8日まで晴れそうにありません」と報告されていました。送られてきた位置を見ると、カオとの位置の差はΔα=−2s.0、Δδ=−4"、Δα=−1s.3、Δδ=+25"くらいです。カオのカメラの焦点距離は135-mm、西山・椛島のそれは106-mmですので、位置の誤差は±15"ほどあります。そのため、これらの星は同じもので、椛島氏のいうUSNO B-1.0カタログにある星なのでしょう。同じ夜、門田氏から00時57分に「先ほど終電で帰宅しましたが、すでにどんよりとした曇天でした。今夜の観測は無理そうです」というメイルが届きます。そこで今夜の確認をあきらめ、この結果を3月3日03時26分にカオに知らせました。すると3月4日01時22分になって、カオから「あとのPNはKabashimaの言うとおりかも知れない。しかし、最初のPNは300-mmレンズで撮影するとUSNOカタログの星とは分離できる。従ってこのPNは別の星であると思われる」というメイルが届きました。ただ、この後これらの2個のPNがどうのように扱われたのか、残念ながら定かではありません。

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超新星 SN2009at in NGC5301

3月12/13日夜は自宅で仕事をしていました。01時07分に携帯が鳴ります。それは、千葉県香取市の野口敏秀氏から「りょうけん座にある系外銀河に超新星を発見しました」という発見報告でした。とりあえず発見位置とその状況を聞き、報告を送ってくれるように伝えました。そして01時50分にオフィスに出向いてきました。すると氏のメイルは01時30分に届いていました。そこには「夜分に恐れ入ります。2009年3月12日深夜、00時12分頃に23.5-cm f/6.3 シュミット・カセグレイン望遠鏡+CCD使用して、りょうけん座にある系外銀河NGC5301を50秒露光で撮影した14枚の捜索フレーム上に、16.5等の超新星状天体を発見しました。PSNは銀河核から東に21"、南に15"の位置に出現しています。この超新星は、2005年1月10日に同銀河を捜索した画像上にはその姿は見られません。発見から1時間後の追跡で移動は認められません」と報告されていました。02時00分と02時19分に氏に連絡を入れ、出現位置と銀河中心位置の測定値、フレームの最微光星とDSS(Digital Sky Survey)での確認を確かめ、氏の報告を02時27分にダンに送付しました。ダンからは02時53分にこの超新星発見のサブジェクトを持ったメイルが届きました。『めずらしいな。返信があるとは……』と思いながらメイルを見ましたが、最初の1行「OK,thanks,Syuichi」以外、超新星とは関係ない内容のものでした。

その5分後の02時58分、守山の井狩康一氏から当夜の彗星と小惑星の位置観測が届きます。『ということは、井狩氏はまだ起きている……』と思い、『いつも観測ありがとうございます。まだ起きているのなら、これを確認できますか』というメイルとともにダンに送った発見報告を送付しました。すると井狩氏から03時51分に「確認しました。DSSとも比べましたが間違いありません」というメイルとともに12日03時25分から03時39分に行われた10個の測定位置が届きます。氏の光度は15.9等でした。続いて、上尾の門田健一氏から03時55分に「03時14分にPSNを確認しました。以下の位置に恒星像が存在します。光度は16.7等です。機材は25-cm f/5.0 反射+CCDです。極限等級は18.5等でした。こちらは33Pの観測中でした。月明かりで写りがよくないため、120秒露出の10枚コンポジットしました」という確認観測が届きます。そこで、両氏の観測を04時16分にダンに送付しました。

夜が明け始めた06時54分に山形の板垣公一氏から「おはようございます。PSN in NGC5301ですが、発見前の3月10日23時54分に撮影した捜索画像にかろうじて写っていました。明るさはおおよそ16.5等くらいと感じます。なお、35-cm反射で撮影した栃木での捜索画像です。この日は風が強くて捜索になりませんでした。でも、前後の画像は良く写っています。残念!」という報告とその捜索画像が送られてきます。もちろんこの報告は、07時42分にダンに送付しました。結局この板垣氏の発見前の画像が確認観測になり、この超新星は3月12日09時32分到着のCBET1718に公表されました。

その日(3月12日)の夜、オフィスに出向いてくると、14時41分に門田氏から「このたびは超新星の発見、誠におめでとうございます。アストロアーツのWEBニュースに発見時の画像を添えさせていただければ…と思っています。よろしければ画像をお借りできないでしょうか? こちらで行った確認観測の画像を添付しました。ご参考になれば幸いです。ではよろしくお願い申し上げます」というメイルが野口氏に送られていました。そして板垣氏には「かすかに分かりますが、これは判断できないですね。残念でしたが、発見前観測が加わって確認観測網がうまく機能した点は、よかったのではないでしょうか。まだ栃木遠征が続くかも知れませんが、無理をなさらず頑張ってくださいね。こちらの空はだいぶ春めいて、透明度が落ちてきました。S/Nを稼ぐために撮像枚数が増えて観測には時間が掛かるようになります。あっ、CBET1718の上尾の観測が11月になっているようです。訂正版が発行されるでしょうか」というメイルが送られていました。

さらに野口氏からは20時38分に「この度はSNの確認と発見報告にご尽力頂き有り難うございました。お陰様でSN2009atとなることができました。日頃、もし未知の天体と遭遇したら……とシミュレーションはしていたのですが、突然それに巡り会うと普段では考えられない行動に走り、報告しなければならない情報をまとめられず、ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。今回の経験を教訓に、もし2つ目の巡り会いがあったなら今度はまともな報告ができるよう努めたいと思います。夜遅くの対応、感謝しております。ありがとうございました」というお礼状も届きました。門田氏からは20時54分に野口氏に「早速画像を送りいただきまして、ありがとうございます。WEBニュースが公開されましたのでお知らせします。昨夜は1フレーム目で出現を確認しましたが、2分露出で10フレームを連続撮像して、終わったら彗星に向けたのち測定を始めましたので、報告が遅くなりました。おだやかな晴天日はほとんど観測しています。気になる天体は、調べる前にまず撮像、と思っていますので、また何かありましたらお気軽にお知らせください」という発見画像のお礼状が送られていました。

その夜の深夜02時50分になって、門田氏が指摘した日付の訂正、さらに井狩氏の画像に関する訂正をダンに送っておきました。そして05時27分に「新天体発見情報No.139」を報道各社に送付し、この作業は終了しました。

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