天文雑誌 星ナビ 連載中 「新天体発見情報」 中野主一

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2009年10月5日発売「星ナビ」11月号に掲載

超新星 SN 2008ij in NGC 6643

2008年12月16日夕方は18時20分に自宅を出ました。この日は朝まで快晴でした。そこで、06時過ぎまで自宅で観測をしていました。先月号に紹介した例のルーリン彗星(2007 N3)を撮るためです。しかし、その日の夕方には雨がポツリポツリと降り始めていました。そんな中、南淡路のリベラル、ジャスコ、洲本のコメリに出向き20時30分にオフィスに出向いてきました。すると、ちょうどそのとき、茅ヶ崎の広瀬洋治氏より「SN 2008ie in NGC 1070では、たいへんお世話になり、ありがとうございました(先月号参照)。板垣さんからCBAT 1618を見せて頂き、2008ieの独立発見であることが分かりました。これもひとえに、中野様の迅速な対応のおかげと感謝しております。これからもご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」というメイルが届きます。さらに21時53分には、九州の西山浩一・椛島冨士夫両氏から「この夜12月16日20時23分にアンドロメダ銀河(M31)に18等級の新星状天体(PN)を発見した」という報告があります。この報告は、22時08分にダン(グリーン)に連絡するとともに山形と上尾にその確認を依頼しました。

すると、その夜半過ぎ12月17日01時17分に上尾の門田健一氏から「先ほど帰宅しましたが、今夜は曇天で時々小雨がパラついています。もし晴れていても、こちらの機材では、M31の新星は17.5等あたりが短時間で確認できる限界ですので、見送りになったかもしれません」というメイルがあります。『やはりそうか。雨は関東まで広がっているのか……』と思いながら氏のメイルを読みました。しかし、その雨も山形までは届いていなかったようです。02時00分に板垣公一氏からメイルがあります。しかし、残念ながらはそれは西山・椛島氏の発見した新星の確認観測ではありませんでした。板垣氏の観測は、中央局の未確認天体ウェッブ・ページにある超新星状天体(PSN)を確認したものです。このPSNは、12月12日14時頃に系外銀河MCG 01-24-10に発見された超新星(2008if)でその発見光度は14.9等と明るいものでした。氏のメイルには「発見情報を拝見しました。ありがとうございます。未確認天体ページにあるPSNは確実に存在します。確認時刻は12月17日01時45分、光度は16.0等です。60-cm f/5.7反射による確認、極限等級は19.0等です」と報告されていました。02時15分にこの氏の確認観測はダンに報告しました。なお、この超新星の発見は、同日13時02分到着のCBET 1619で公表されました。

それから1日半が経過した12月19日の夜、自宅にいると20時36分に板垣氏から携帯に「NGC 6643に超新星を発見した」と連絡があります。板垣氏には『これからジャスコによってオフィスに向かいます。報告を送っておいてください』と話し、オフィスに到着したのは22時30分になっていました。板垣氏からの発見報告は、氏からの電話のすぐあとの20時48分に届いていました。そこには「2008年12月19日夕刻、19時19分に60-cm f/5.7反射望遠鏡+CCDで、北天りゅう座にある系外銀河NGC 6643を撮影した多数の捜索フレーム上に、15.9等の超新星状天体を発見しました。1時間の追跡で移動は認められません。この超新星は、12月16日に同銀河を捜索した時にはまだ出現していませんでした。また、過去の捜索画像上にもその姿は見られません。さらに、この超新星はDSS(Digitized Sky Survey;極限等級約20.5等級)上にも見られません」という報告とその出現位置、銀河中心位置が書かれてありました。この氏の発見報告は22時40分にダンに送付しました。22時44分には、板垣氏からダンへの発見報告を受け取ったこと、22時46分には、門田氏から「まだ会社ですので帰宅後に対応します」という連絡があります。

門田氏からの確認観測が届いたのは12月20日03時23分のことです。そこには「NGC 6643のPSNを確認しました。以下の位置に恒星像が存在します。機材は25-cm f/5.0 反射+CCD(ノーフィルター)です。90秒露出×10フレームをコンポジットした画像を位置はGSC-ACT、光度は16.0等でTycho-2(V等級)で測定しました。極限等級は18.4等でした」という報告と超新星の出現位置、銀河中心の測定位置が報告されていました。メイルには、さらに「いつものように終電帰宅でした。金曜日は仕事疲れで微妙に不調のため測定と報告が遅くなりました」と書かれてありました。氏にメイルを読んだとき『いつもありがとうございます。どうぞ無理をしないようにお身体をご自愛ください』と思ってしまいました。門田氏のこの確認観測は04時01分にダンに報告しました。

今夜は『門田氏のこの確認観測で終わりか……』と思っていると、04時31分に板垣氏から「おはようございます。門田さん。確認観測をありがとうございます。あれから9時間が経ち発見位置が西の空から東の空に来ました……」と連絡があります。『えっ、どうして……』と思いましたが、発見位置はきりん座です。赤緯が+74゚と高いために、この銀河が明け方の空に上ってきたところを再び、04時20分に板垣氏によって捉えられたのです。氏のそのときの超新星の光度は15.8等と観測されていました。そのメイルを見た門田氏から05時08分に「こちらは今は曇っています。確認を行ったのは下方通過後で、高度は+20゚ちょっとでしたが、帰宅してすぐ観測しておいてよかったです。今夜の全画像(90秒露出×18枚)をコンポジットしてみました。銀河のほとりに輝く小さな光がとても美しく見えます」という連絡があります。『どれどれ……』と思って、門田氏から送られてきた画像を私もながめてみました。氏の言うとおり、超新星は銀河の光ぼうの片隅で可愛く輝いていました。実はこの門田氏のメイルを読んだのは、04時50分にオフィスを出て自宅に戻り、またまたルーリン彗星の観測に挑戦しているときでした。この日の朝、私もやっとデジタル・カメラでこの彗星を捉えることができました。

その日(12月20日)の夕刻は、20時15分に自宅を出て、また南淡路まで出向きました。そして、オフィスに出向いてきたのは21時50分になっていました。すると、門田氏の画像を見た板垣氏から10時02分に「おはようございます。画像を拝見しました。見事です。私の60-cmの画像よりすごいです。ありがとうございました」という返信が門田氏に送られていました。そして、板垣氏から18時02分に「こんばんは。昨夜は何かとありがとうございました。PSN in NGC 6643の観測です。報告をお願いします。わりと近い銀河ですが暗いですね!」というメイルとともに17時19分に行われた第2夜目の確認観測が届いていました。氏のこの確認観測は、22時15分にダンに送付しました。板垣氏からは、22時24分に「こんばんは。山形市、今夜もすごい快晴です。この時期に快晴なんて不思議な天候です。拝見しました。ありがとうございます」と報告を受け取ったという返信がありました。

ダンは、12月21日02時52分到着のCBET 1626で、氏の発見と門田氏の確認観測を公表してくれました。そこには、この超新星はロシアでも12月20日02時19分にその確認観測が行われたことが報じられていました。そのCBET 1626を見た門田氏から03時42分に「おめでとうございます! 解像度は、60-cm画像が上回っていますが、コンポジットでS/Nがアップしてなめらかに見えるのでしょう。観測時刻などを文字入れをした画像を送りますね。確認画像は、10フレームのコンポジットですが、その後も撮像を続けてイリーガルなピクセルを回避するため全画像を重ねました。同じピクセルでPSNの像を受けないように、わずかに位置をずらして2セットを撮像しました」というメイルが届きます。さらに板垣氏からは、06時53分に「おはようございます。残念! 昨夜、あまりにもすごい快晴だったので、少し寝て頭すっきりさせて明け方の大事な空を捜索しようとひと眠りしました。しかし、それが大失敗でした! 今、目が覚めました。中野さん。今回も大変お世話になりました。ありがとうございます。門田さん。いつも確認観測をありがとうございます。画像の素晴らしさにびっくりです」という門田氏への返信がありました。

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超新星 SN 2008in in M61

12月23日01時19分に美星の橋本・浦河両氏からこの夜に撮影した捜索フレーム上に日々運動が約30'で移動する19等級の小惑星A01605の発見が報告されます。バイサラ軌道を決定すると、この小惑星は、ハンガリア族か、フォサエ族のようです。そこで、念のため、小惑星センターにその発見を報告しました。小惑星には2008 YV7の仮符号が与えられました。しかし、この天体は、その後の追跡観測がどこからも報告されず、2夜の天体のまま、観測が終了してしまいました。次の12月24日の朝は、再びルーリン彗星の撮影に挑戦しました。そして、ここまでの観測を使用して軌道を再改良して、12月25日04時55分にOAA/CSのEMESに『上尾の門田健一氏が12月15日早朝に明け方の低空にあるこの彗星の観測に成功した後、12月20日に八束(安部裕史)、サントピアマリーナ(中野)、12月21日に上尾、平塚(杉山行浩)、12月24日にサントピアマリーナから彗星の位置観測が報告されました。彗星のCCD全光度は、12月15日に8.8等(門田)、20日に8.8等(安部)、8.0等(中野)、21日に8.6等(門田)、24日に7.7等(中野)でした。ゴンザレスによると12月22日の眼視全光度は7.6等とのことです』というコメントとともにその軌道、今後の予報位置を入れました。同じ日、13時42分に到着したCBET 1631には、板垣氏がみずがめ座に発見した15.4等の激変星の発見が公表されていました。

翌日12月26日夜は、業務途中で自宅に戻り、彗星の観測をを行っていました。すると、23時01分に九州の西山氏から電話があります。氏の話によると「この前、12月16日に送ったPNは、実はM31N 2008-07aであった。しかし、また、別のPNをM31に見つけた」とのことです。これらの報告は、すでに送ったとのことでした。氏には「今、自宅にいます。あとで処理します」と伝えました。氏の電話のあと、この夜は天候が悪化し、02時前にオフィスに戻ってきました。九州からのメイルは12月26日22時10分に届いていました。そこには「12月16日にお願いしたPNはすでに発見されたM31N 2008-07aでした。チェックミスでした。ご迷惑をかけましてすみません。なお、発見は2008年6月30日で発見光度18.3等。どうも再増光したようです。しかも、激しく変光しているようです」という報告と2008年7月6日から12月16日までの氏らの多くの光度観測が書かれてありました。また、新しく発見した新星は、12月26日20時32分発見、光度は18.7等でした。氏らの報告は、12月27日02時18分と02時24分にダンに送付しました。

その夜のできごとです。12月27日04時41分に板垣氏から電話があります。氏は「NGC 4303に14.9等の明るい超新星を見つけた。今、送りました」と話します。『あぁ…、04時39分に届いています』と答え電話を切りました。しかし、氏の報告を見ると発見地が記載されていません。『えぇ…、天気予報では山形は雪だと言っていたけど……』と思っていると、再び氏から04時47分に「吹雪の山形を出てきました。今の報告の発見地は、栃木県高根沢町です」というメイルが届きます。板垣氏の発見報告をまとめると「2008年12月27日早朝、04時00分に高根沢町にある氏の観測所で30-cm f/8.0反射望遠鏡+CCDを使用して、30秒露光でおとめ座の銀河群にある系外銀河NGC 4303を撮影した捜索フレーム上に、14.9等の超新星を発見した。極限等級は18.0等。また、多数の過去の捜索画像上にも、その姿は見られない。発見後30分の追跡では移動が確認できなかった。この銀河には、私が超新星2006ovを発見しています」というもので、報告にはその出現位置と銀河中心位置が書かれてありました。

しかし、氏の報告には最近の捜索がいつだったかが書かれてありません。そのため、04時50分に氏に連絡を取り最終観測を聞きました。すると氏は「えぇ〜と。山形でこの12月に同銀河を捜索しているのですが、何日だったか記憶がありません。でも、そのときには、まだ出現していませんでした」とのことでした。さらに氏は「NGC 4303はメシエ天体でM61です」と話します。『あっ、そうなんですか』と答えました。メシエ番号がついている銀河は明るく近接銀河が多いために、この超新星は明るくなる可能性があります。そこで、急いで報告をまとめ、05時03分に氏の発見をダンに送付しました。05時26分、板垣氏からはダンへの報告を見たという返信があります。この発見は、明け方の日の出前に行われたために、この夜はこれ以上の観測は期待できません。そこで、08時10分に業務を終了し、実家によって08時45分に自宅に戻りました。帰宅時、ここの空は曇天でした。

その日(12月27日)の夜は、空に星が見えていたために自宅で観測ができないものかと空の様子をながめていました。しかし、いっこうに天候が良くならないために01時45分にオフィスに出向いてきました。その頃には天候も少し回復したようで、北極星が見えていました。なぜそんなことを言うのかというと、守山の井狩康一氏も言うとおり、北極星が見えるかどうかがここで観測ができるかどうかの判断条件なのです。すると、板垣氏の発見の昼間15時53分に門田氏から「昨夜は風が強く観測できない状態でしたので、早めに作業を終えていました。今夜ねらってみます。昨夜は風速4メートル前後の風で、3メートル以上では鏡筒が横になる低空を除き微光天体の観測は厳しくなります。現在、風速5メートルですが落ち着くことを期待しています」というメイルが届いていました。さらに、西山・椛島氏からは、昨夜発見した新星の確認観測が報告されていました。

そして、オフィス到着とほぼ同時刻の12月28日01時52分に板垣氏から「こんばんは。昨夜はありがとうございました。PSN in NGC 4303は確実に存在します。II型のSNのようですね」というメイルとともに01時40分に行われた超新星の確認観測が届きます。さらに02時03分には、門田氏からも「M61のPSNを確認しました。以下の位置に恒星像が存在します。極限等級は17.7等でした。風は夜半前に静まりました。夕方はそよそよと吹く微風で鏡筒が揺れて彗星観測は不調でした」というメイルとともに01時19分に行われた確認観測が届きます。氏らの観測光度は、それぞれ、14.9等と15.1等で、超新星は増光しておらず、ほぼ発見時と同じ明るさでした。そこで、これらの3か所からの観測をまず最初に西山・椛島氏の観測を02時10分、板垣氏の観測を02時14分、門田氏の観測を02時35分とダンに送付しました。それらを見た板垣氏から02時42分に「中野さん。拝見しました。ありがとうございます。門田さん。確認観測をありがとうございます。栃木は晴れていますが透明度悪いです」という返信がありました。

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211P/ヒル周期彗星 211P/Hill (2008 X1=2003 F6)

同じ日のできごとです。12月28日は19時55分に自宅を出て、また南淡路に出向き、洲本のジャスコにもよって、21時45分にオフィスに出向いてきました。すると、その日の夕刻18時39分にドイツのメイヤーから一通のメイルが届いていました。そこには「2003年の1夜の観測中にヒル彗星(2008 X1)の1回帰前のイメージを見つけた。撮影時刻は2003年3月24日、天体は19等級で、8"のコマと西南西に12"の尾が見られる。他の1夜の観測をチェックすれば、新たな観測が見つかるかもしれない」というメイルとともにその日に行われた3個の1夜の観測が届いていました。さらに、氏からは、オフィスに出向いてきたちょうどそのとき、21時45分に「LONEOSサーベイで行われた2003年4月1日の1夜の観測群の中にこの彗星(54103Y)の1回帰前の観測を見つけた。光度は19等級であった」というメイルと2008年と2009年の連結軌道が知らされてきました。『あれ〜、またやられた』とすぐにこれらの観測を連結し、私の方で決定した軌道とともに『Congratulation!』をつけて氏に送っておきました。

板垣氏が発見したM61に出現した超新星について、23時39分に氏から「こんばんは。山形新幹線が雪のために止まっていました。それで、仙台経由で家に戻りました。山形は大雪です。空は鉛色です『いいなぁ……。鉛色の空じゃなくで白銀の世界でしょう……』。関東は快晴でした。狭い日本なのに……。さっそく山に来てM61-PSNの直近画像を調べました。また、過去のDSSでPSNの極近くに星団らしき天体が確認できます。明るさはアバウトです」という氏のメイルとともに「発見直前の捜索画像は12月20日の撮影で、極限等級は18.5等であった。PSNのそばにある星団らしき天体の位置は次のとおりで、その光度は17.0等である」ことが報告されます。さらに氏からは12月29日00時27分に「DSSに写っている星団のことですが、DSS画像の測定では光度が17.0等と出ますが、見た目では18.5等くらいに見えます。でも、私の過去画像では確認もできません。赤いのでしょうか?」という連絡もあります。

しかし、私には、この報告をどう扱うか定かでなく『これはどうしろということでしょうか。PSNとの離れは4"くらいですので見た目は同じ位置にあるんですね。それと観測についている天文台コードは「南陽市」ですが、どういう意味ですか』という問い合わせを送りました。しかし、氏からは返信がありませんでした。そこでメイヤーの同定を04時48分に『ドイツのメイヤーは、パロマーで2003年3月24日に撮影されたプレート上から19等級で写っていたこの彗星の1回帰前の観測を見つけました。天体は明らかに彗星状で、8"のコマと西南西に12"の尾が見られました。さらに、氏は、当時の1夜の観測群の中にLONEOSサーベイで同年4月1日に発見されていた19等級の天体(54103Y)が、この彗星であることを見つけました。2003年から2008年までに行われた118個の観測から連結軌道は次のとおりです。平均残差は±0".56。前回の近日点通過は2002年8月19日でした。最近の彗星のCCD全光度は、上尾の門田健一氏が12月6日に17.4等、秦野の浅見敦夫氏が7日に17.6等、芸西の関勉氏が8日に17.8等、10日に17.6等(写)、門田氏が15日に17.4等、八束の安部裕史氏が17日に17.0等と観測しています。彗星は、周期が約7年ほどの新周期彗星でした』というコメントとともにその連結軌道と位置予報をEMESに入れました。

結局、板垣氏の指摘した星団状の天体の扱いが分からないまま、氏の発見した超新星は、同日13時52分に到着のCBET 1636で公表されました。この超新星は、12月28日20時にオクラホマでも確認されていました。なお、メイエ天体に出現した超新星のためか、続く12月30日00時32分到着のCBET 1638には「超新星は、すばやく世界各地でスペクトル観測が行われ、極大近くか極大をすぎたII型の超新星である」ことが報告されました。一方、ヒル彗星は、12月29日15時42分到着のCBET 1637で公表されました。

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