天文雑誌 星ナビ 連載中 「新天体発見情報」 中野主一

024

2007年7月5日発売「星ナビ」8月号に掲載

カシオペヤ座の明るい新変光星(Bright Variable Star in Cassiopeia)

10月31日朝に山本速報の発行が終わった夜は、21時半に自宅を出て22時00分にオフィスに出向いてきました。先月号で紹介したとおり、この夜には山形の板垣公一氏より「M31に16.5等の新星を見つけた」という発見報告がありました。この氏の発見は、23時51分にダンに報告しました。『発見が続くなぁ……』と思いながら、すでに締め切りが過ぎて、お尻に火がついている「天文年鑑2007」の原稿書きを進めていたときのできごとです。

11月1日01時48分、FAXの受信音が聞こえます。そのFAXは「その後、ご無沙汰いたしておりますが、お変わりなくご健勝のことと思います」という書き出しから始まる津山の多胡昭彦氏から(多胡氏のタイムスタンプは02時07分になっている)でした。そこには「10月30日から急速に増光する星を捉えました。31日夜に再度この星を確認するとさらに増光していました。そこで、変光星かどうかを確認していただきたく連絡いたします。その星は、GSC 3656:1328星(赤経が00h09m21s.81、赤緯が+54゜39'43″.78)がある位置で、従来11.8等級で写っていました。しかし、昨日から急速に増光しています。なお「The Sky」にはこの星に変光星の記載はありません。眼視観測をしたくとも、現在、ガスが発生し曇り空です」という報告が書かれてありました。

そして、FAXには「この星の光度は、2006年10月25日21時54分に10.7等、27日18時49分に10.5等、30日18時52分に8.8等、31日20時15分に7.5等と、10月30日から急に明るくなっています。撮影機材は、キヤノンEOS 20Daと70-mm f/3.2レンズで、30秒露光。いずれの夜も2枚の捜索フレームを撮影。最微光星は12等まで確認できます。EOS 20Daは、本年(2006年)4月に入手しました。最初はノイズに悩まされ、いろいろ試行錯誤しながらテスト撮影を繰り返し、8月より同デジタル・カメラによる捜索に切り替えました」という氏の観測報告が続いていました。氏の報告を読んで、その事実をダン(グリーン)を伝えることにしました。11月1日02時13分のことです。

ダンへの報告が終った約30分後、電話が鳴ります。『誰だろう……』と思って受話器を取ると、水戸の櫻井幸夫氏です。『あっ、そうか……』と思って話を聞きました。氏は「10月31日19時48分にフジFine Pix S2 Proデジタル・カメラにニッコール85-mm f/1.4レンズを使用して、カシオペヤ座を30秒露光で撮影した2枚の捜索フレーム上に8.2等星の新星を発見しました。10月14日の捜索時には11.8等より明るい星はこの位置にはありません。DSSには11等から12等級の2個の恒星があります。IRASカタログにはこの星は見当たりません」という多胡氏と同じ星の発見報告でした。櫻井氏からは、その測定位置も報告されましたが、その位置は多胡氏から報告のあったGSCにある恒星と2'以内に一致していました。もちろん、櫻井氏の報告は、ダンに『別の独立発見があった』というメイルをつけてすぐ連絡しました。02時52分のことです。

03時00分、これらの情報をFAXで多胡氏に送ろうとしましたが、どうしても多胡氏側のFAXが受け取ってくれません。しかたなしに03時10分に電話を入れました。幸い多胡氏はまだ起きていました。先輩、多胡氏と話しをするのはたぶん2年ぶり……、2004年11月21日に先達が発見された「とも座新星」以来のことでしょうか。『FAXが通じませんので、電話しました。櫻井さんの独立発見がありました』。「いや〜、FAXは調子が良くないのですよ」。『経過を連絡したいのですが、e-Mailアドレスがありますか』。「以前のものが生きています」。『これは、OAA/CSのEMESを送っていたアドレスですね。EMESが戻ってくるので、もう使われていないのかと思っていたのですが……』。「大丈夫です」ということで、今後の経過はメイルで連絡することにしました。

多胡氏と会話中の03時12分、すでに門田氏から確認観測が届いていました。そこには「確認しました。多胡氏の発見位置に明るい星があり、20分間で移動は見られません。なお、25-cm f/5.0 反射+CCD(ノーフィルター)での観測で、位置はGSC-ACT、光度はTycho-2(V等級)で測定しました」という報告と、この星の光度は11月1日02時45分に8.2等、同02時53分に8.3等であったことが書かれてありました。そこで、まず、多胡氏に『電話ではお聞きしませんでしたがお元気でしょうか。私も、最近、精約観測を行っています。でも、もう年(1年後に60才になります)で疲れますね……。以下、FAXでお送りしようとしたものです』という伝言をつけて、これまでの経過を連絡しました。そして、門田氏からのメイルを読んでダンに確認報告を送ろうとしていたその時、03時24分にCBET 711が届きます。何と、ダンは、早々と多胡氏の発見を「Bright Variable」としてその発見経過をつけて公表してくれました。そこには、櫻井氏の発見報告はまだありませんでした。そのCBETを見て、門田氏の観測を送ったのが03時29分のことでした。

その直後のダンからの連絡によると「AAVSOのワーゲン氏から発見位置には知られた変光星がないという連絡があった。櫻井氏の発見と門田氏の確認観測はこの後すぐ公表する」とのことですのでそれを待つことにしました。その間、03時41分には、門田氏からのメイルが届きます。実は、氏からはこの夜の11月1日00時02分に「今夜の上尾は曇天です。待てば晴れてくるかもしれませんが風邪で不調のため早めに作業を終えます」という連絡があったのです。氏は、連夜の観測で無理をしているのです。そこで、氏には『洲本は、今夜もどんよりと晴れています。こういう夜は観測をやるかどうかで悩みますね。かぜを引いたのは観測をやりすぎて疲れているのでしょう。ほどほどにしてお体を大切に……。私も夜に観測をやると当夜の予定がうしろにずれていき、現在火の車です。しかし、私は、夜に仕事をやれば良いだけです。あなたは昼間に仕事がありますから、どうぞご無理をしないように……』というメイルを送っておきました。

しかし、結局、多胡・櫻井氏の発見で眠れなかった氏からその返信が届いたのです。そこには「仮眠後、02時ごろに目覚めたら晴れていたのでスタンバイしました。ほどなく発見の知らせを受けましたのでただちに望遠鏡を向けました。板垣さんの新星が気になるのですが、咳がでますので今夜の作業はここまでにします」と書かれてありました。04時09分には、多胡氏から「メイルを拝見しました。無事届いています。ありがとうございました。その後、02時37分、03時44分にも撮影しましたが。気のせいか早くも減光に向かっているような気がします。パソコンの操作が未熟なため、すぐに私の手で写真が送れませんでしたが、よろしければ夜が明けてから友達にお願いして送ることにします」というメイルが届きます。そこで、多胡・櫻井・門田氏に『天文年鑑2007の原稿に夢中だったこともあって、ちょっとの時間差で先に多胡さんの報告が出てしまいました。櫻井さん、すみません。多胡さんによると減光中だとのことです。ちょっと様子を見てから必要ならば新天体発見情報を出します』というメイルとともに多胡氏の発見が公表されたCBET 711を送っておきました。また、ダンには多胡氏の今夜の観測を知らせておきました。04時25分のことです。さらに板垣氏からは、04時35分に「山形は02時頃から全天ベタ曇りになってしまい観測できません。多胡さんすごいですね!」という連絡も届いていました。

そのあと、門田氏の確認観測、櫻井氏の独立発見、ワーゲンの報告が掲載されたCBET 712が05時24分に届きます。これでこの作業に関係した全員の名前が公表されたことになります。これで一安心して「天文年鑑2007」の原稿書きを続けられます。ちょっと手を休めた06時13分にあとから発行されたCBET 712を関係者に送付しておきました。すると、07時14分に多胡氏から「再度のメイルをありがとうございます。光度の件ですが、デジカメの使用経験が浅いためか、撮影時の気象条件か、その他の条件によるのか、その点はわかりませんがフイルム撮影に比べてムラがあるように思われますがどうでしょうか。いずれにしても、発見位置の近くの星を使って「Thy Sky」に記載された光度を参考に光度を測定しました」というメイルが届きます。さらに、この頃になってCBET 712にミス・タイプのあることに気づき、そのことをダンに連絡しました。そして、08時00分に帰宅しました。空はどんよりと曇っていました。

その日の夜(11月1日)は、自宅を21時50分に出て22時20分にオフィスに出向いてきました。すると、その日の昼間10時55分に多胡氏より「報告したデータのうち10月27日、30日、31日の各日2コマのうち最初に撮影した写真を知人の力をかりてURLにアップしました。参考までにご覧になって下さい」という連絡が届いていました。さらに板垣氏からは、19時28分に氏が昨夜に発見したM31の新星(本誌先月号参照)の確認観測と多胡・櫻井氏の新星の観測が届いていました。板垣氏の観測では、新星は9.4等まで減光しているとのことです。また、櫻井氏からは、19時45分に「何通ものFAXやメイルをお送りいただきましてありがとうございました。CBETは現在購読をストップしているので助かります。先週末からPCの調子が思わしくなく気がかりでしたが、案の定、大事なときにダウンしました。再インストールを試み、メイルがやっと回復しました。そろそろPCの買い替え時期かもしれません」というメイル、板垣氏からは20時03分に多胡・櫻井新星の画像、22時38分には熊本の小林寿郎氏から10月末頃に撮影した73P/Schwassmann-Wachmann 3のB核のまわりにある4個の核の画像などが届いていました。なお、これらの核の同定は、門田氏にお願いしました。

とにかく、板垣氏のM31の新星の確認観測、多胡・櫻井新星の観測をダンに報告しました。22時52分のことです。しかし、その報告からまる2日間、多胡氏と櫻井氏が見つけた明るい変光星についての情報はCBETに掲載されません。執筆中であった「天文年鑑2007」の原稿は11月3日08時00分に最後の原稿を送り、この頃少し暇になりました。そこで、11月4日00時29分にダンに「明るい変光星のその後の情報は何か入っていないのか。もし、あれば教えてくれ」というメイルを送りました。すると、09時06分にダンから「Yes、今、CBETを編集中だ。しかし発行までまだ1〜2時間が必要だ」というメイルが返ってきました。そのメイルには、近々編集を始めるICQ Comet Handbook 2007(HICQ 2007)の編集予定について多くの問い合わせが書かれてありました。

さて、11月4日22時50分オフィスに出向いてくると各地での観測結果を満載したCEBT 718が10時25分に届いていました。そこで、23時05分にこのCBETを多胡・櫻井氏に送っておきました。HICQ 2007の編集スケジュールについては11月5日00時39分にダンへその返信を出しておきました。その1日後の11月6日06時30分になって、多胡・櫻井氏の発見を伝える新天体発見情報No.95を報道各社に送り、関係者に「本日、発見情報No.95を発行しました。昨日、一昨日と報道機関がお休みでしたので今日にしました。ご覧ください。皆さんご苦労様でした。なお、桜井さんにはFAXでも送りました」というメイルをつけて送付しておきました。

11月6日夜になって、多胡氏から「このたびは深夜にわたって何かとお手数をおかけし申し訳なく思っています。それとともに、またいろいろと情報をご送付していただきありがとうございました。若き時代の中野さんを知る私にとって、近々60歳にもなられるとのこと、そのお姿、イメージがどうしても頭に浮かびません。とはいえ、私ももう74歳いう老人になりました。この年でデジカメやパソコンをつつくのは大変苦労をします。4月から始めたデジカメでの撮影は、その日の気象条件等に対し、どのような対応で撮影したらよいのか、また、検索照合の元になる原版をどのように作成したらよいのか、また、合成・階調などの面でいかにしたら能率的でかつ効果的なのか、などなど……、いろいろ試行錯誤、迷いに迷い約4か月間を要し、やっと去る8月から完全にデジカメに切り替えました。こんなことで経験の浅いままの今回の報告は、またもご迷惑をかけることになるのではないかと、本当に薄氷を踏む思いと不安でなかなか報告できませんでした。しかし翌日の確認で思い切ることができました。中野さんのおかげで、その不安も短時間でクリアできたことが大変ありがたくうれしく思いました。本当に衷心より厚くお礼申し上げます。今後ともよろしくお願いします」というメイル、また、櫻井氏からも「新天体発見情報No.95、並びにCBETをご送付いただきましてありがとうございました。いつもながらのお心遣い感謝いたしております。昨年3月の発見以後、何度も空振りをし、その都度お手を煩わせてしまいましたが、今回やっとヒットを打つことができました。打率はよくないですが、今後ともよろしくお願いいたします」というお礼状が届きました。少しでも発見者のお役に立つのは私にとってもうれしいことです。またがんばってください。なお、先月号にも書きましたが、この新星(明るい変光星)はその後の観測で重力レンズ現象だと判明しました。

このページのトップへ戻る

超新星 2006my in NGC 4651

11月7日夜のことです。東京の大塚勝仁氏から「急遽、2006年11月20日から24日まで訪臺し、木下大輔さんと一緒に鹿林で小惑星を観測することになりました。ターゲットとして逆行のダモクロイド型小惑星である2006 BZ8をやる予定ですが、最新の軌道要素は、OAA/CSにアップされているでしょうか? それ以外では、2006 HR30も候補にあがっています。こちらの最新軌道要素は、この前のメイルで確認しました。ありがとうございました。いずれもカラー、およびライトカーブを作成する予定です。あと時間があれば2005 UDの観測とかも……」というメイルが届きます。そこで、2006 BZ8の軌道を再改良して、8日00時34分に『いつも情報をありがとうございます。いいですね。鹿林へ行かれますか。実は、私も今観測中でした。まだ満月ですがド快晴なので……、以下に、今計算した軌道をつけます。元期は2006年11月21日にしてあります』というメイルとともに送付しました。氏からは01時06分に「鹿林は標高3000-m近くもあり、日本と違い光害も少なく最良のサイトらしいです。これまで何人かの知人が行っていますが、食事も美味しく素晴らしいところらしいです。今回、試しに行ってみますがいいところであれば今度ご一緒しましょう!!」というメイルが返ってきました。この日の朝は06時50分に帰宅しました。

その夜(11月8日)は、23時半過ぎまで寝過ごしてしまい途中のコンビニで食料品を買って夜半が過ぎた9日00時35分にオフィスに出向きました。空はまぁまぁ晴れていました。『まぁ……、今夜は何にもないだろう』と安心して03時50分から観測をすることにしました。薄明まで時間があまりないので、2006 L1と2006 T1を撮影して機材をかたづけ、05時30分にオフィスに戻ってきました。しかし、発見が続いているときにそのようなことを思ってはいけないのです。その直後に山形の板垣公一氏から「NGC 4651に超新星を発見しました。報告を送ります」と電話があります。その氏の報告は05時48分に届きました。そこには「11月9日04時50分頃にかみのけ座の銀河群の中にある系外銀河 NGC 4651を60-cm f/5.7 反射望遠鏡+CCDで撮影した10枚以上の捜索フレーム上に15.3等の超新星を発見しました。発見後、30分の追跡で移動は認められません。最近では、2006年2月24日と6月28日UTにもこの銀河を捜索しています。しかし、その夜の捜索フレーム上の出現位置に19等級より明るい星は見当たりません。また、過去の捜索フレーム上にもその姿が見られません。DSSにもその姿がありません」と報告されていました。06時02分にはその発見画像が届きます。超新星は銀河の外縁部に出現し明るく写っていました。その氏の発見は、06時05分にダンに報告しました。

翌11月9日(同じ日)夜は22時50分にオフィスに出向いてきました。その夜の01時07分になって、上尾の門田健一氏から「今朝、出勤前にメイルを受け取ったのですが、今日は終日忙しく返事が遅くなりました。ちょっと雲が出てきましたが後ほど向けてみます」というメイルが届きます。しかし、03時20分には「仮眠後起きましたが、かなり曇ってきました。今夜は見送りになりそうです」と、上尾では確認観測が行えないようです。そこで、03時26分、氏には『ご苦労様でした。板垣さんの報告を待ちましょう。ここは、まだ晴れています。15等級なら撮れるでしょうが、2夜続けて苦労(観測)したので今夜は身体が動きません』というメイルを返しておきました。03時43分には、板垣氏からも「山形は、先ほどまで晴れていましたが、今は星一つも見えません。でもねばってみます。一枚でも撮れれば良いのですが……。門田さん、観測体制をありがとうございます」というメイルが届きます。

二人の連絡から『今夜の確認は難しい』と思っていると、04時50分に板垣氏から「曇った空で露出を続けていたら星が写ってきました。いつもがんばっているとこうなります。不思議ですねぇ……」という電話があります。氏には『雲は、水滴、いわば粉みたいなものだから少しでもすき間があればCCDは写るんですよ。私は、以前からそう思っています』と答えました。本当でしょうか……。04時53分になって、板垣氏から「今回もまた奇跡的にその辺だけ晴れました。10枚以上撮影しました。確実に存在を確認しましたので報告します。光度変化はありません」という確認観測が報告されます。そこで、氏の確認を05時00分にダンに送付しました。ダンは、その1日後の11月10日06時44分発行のCBET 727で板垣氏の発見を公表しました。板垣氏は、これで25個目の超新星を発見したことになり、氏が持つ我が国での超新星最多発見数をさらに更新しました。

このページのトップへ戻る