C/1999 S4 リニア彗星は、地球に水をもたらした彗星の生き残り?

【2001年5月18日 Science@NASA (2001.05.18)

NASAゴダード宇宙飛行センターのMichael Mumma氏を中心とするチームの研究により、2000年8月末に太陽に接近して分解・消滅したリニア彗星 (C/1999 S4) は、地球のものに似た特性の水を含んでいた可能性が高いことが明らかになった。この発見は、地球の水のほとんどは数十億年前に彗星の衝突によりもたらされたとする説を支持するものである。

彗星は、大量の水分子を含む。たとえばリニア彗星は決して大きな彗星とはいえないが、330万トンもの水を含んでいたと推定されている。これは、ちいさな湖ならまるまるひとつに匹敵する量だ。地球の水の起源を彗星に求めることは自然な考えである。

ところが、彗星に含まれる水と地球の水との特性が一致しないという問題が明らかになってきていた。彗星の水も地球の水も、わずかに重水を含む。重水とは、水素原子、重水素原子 (普通の水素より中性子を1個多く持つ)、酸素原子が各1個で構成される、普通の水よりも比重の大きな水である。そして彗星の場合、地球に比べて重水の割合が大きいのだ。

この不一致は、現在観測される彗星と、地球に水をもたらした彗星とでは、誕生した場所が異なるためだと考えられている。実験により、数十億年前に木星軌道付近で誕生した彗星なら、現在の地球のものと似た重水素の存在比を持っていたはずだということがわかっている。これに対し、現在観測される彗星の多くは、海王星軌道付近のような太陽系外縁部で誕生したものとされる。

木星軌道付近は、太陽系外縁部に比べて太陽に近く温かい。したがって、太陽の周りを降着円盤がとりまいていた太陽系の形成期には、この付近のガスは太陽系外縁部に比べてさまざまな反応が活発に起こり、彗星もさかんに形成されたと考えられる。そして、この木星付近で誕生した彗星が、比較的頻繁に地球に衝突して、地球に水をもたらしたのである。

しかも、木星軌道付近の彗星は、木星の巨大な重力の影響により、彗星どうしが互いに衝突する際の速度が速かったため、あまり大きく成長することはできなかったと考えられる。「地球に降り注いだのは、巨大な氷山ではなく、雪だるまでした。」とMumma氏は語る。「木星付近からの小さな彗星は、地表に激突することなく高空大気で崩壊したため、彗星に含まれていたほとんどの有機分子は無傷のままでした。そういった彗星は、生命の構成要素となる複雑な有機分子を多く含んでいたでしょう。つまり、地球の生命は、完全にばらばらの状態から始まったわけではなく、その組み立てキットは宇宙からもたらされていたのです。」

そうして地球に水と命の種をもたらした木星付近起源の彗星は、現在ではめずらしい存在である。木星の強大な重力が、ほとんどの彗星を太陽系外にはじきとばしてしまったからだ。事実、リニア彗星は、木星付近起源であることがわかったはじめての彗星なのだ。

なお、リニア彗星における重水素の存在比は、直接確かめることができたわけではない。それが成される前に、リニア彗星が崩壊してしまったからだ。

研究チームでは、一酸化炭素、メタン、エタン、アセチレンなどの存在量から、リニア彗星の起源を求めた。これらの分子はひじょうな低温のみで個体として存在できる。したがって、比較的太陽に近い木星軌道付近では、かなりの割合が気化してしまうため、そこで生成された彗星にはあまり含まれない。逆に、太陽系外縁の極低温環境で生成された彗星には、比較的多く含まれる。このことを利用すれば、彗星がどこで生まれたか推定できるというわけだ。