「ソーホー彗星が明るく見える」というニュースが新聞などで報じられています。こ れについて述べておきましょう。
いま話題になっているソーホー彗星は C/1998 J1 の認識符号がつけられている彗星 のことで、太陽観測宇宙天文台ソーホー(Solar and Heliospheric Observatory;SOHO) が搭載しているコロナグラフの撮像から、5月3日(世界時)に発見された彗星です。太陽 から8度離れたところで0等の明るさがあり、扇状の尾も観測されています。5月8日に約 0.16天文単位の距離で近日点を通過し、大略の見積もりでそのときマイナス1.4等ぐら いの明るさがありました。その後太陽から離れるにつれてしだいに暗くはなりましたが、 それでもかなり明るい彗星で、地球上からも観測できると思われ、上記のニュースに なったのです。しかし、残念なことに、日本からは非常に観測条件が悪く、5月中旬に、 日没後30分の西空で、せいぜい5度程度の高さに見えるに過ぎません。その後はすぐに 沈んでしまいます。日が経つにつれて、同じ日没後30分でも高さはどんどん低くなり ますから、日本での観測は非常に困難です。広報普及室でも5月13日に観測を試みまし たが、成功しませんでした。一方、ハワイでは、5月11日に0.5等に明るさで観測できた ということです。しかし、南半球でなら、今後かなりよい条件で観測できると思われま す。この彗星のMPECによる暫定放物線軌道による軌道要素と予報位置をつぎに示しまし た。ただし、この表に記載されている明るさは、それほど正確なものではありません。
近日点通過時刻 = 1998 May 8.836TT | 近日点引数 = 111ĉ.565 |
昇交点黄経 = 350ĉ.707 (2000.0) | |
近日点距離 = 0.15949 AU | 軌道傾斜角 = 59ĉ.053 |
日付 赤経(2000.0)赤緯 地心距離 日心距離 太陽離角 明るさ 1998 時 分 度 分 AU AU 度 等 May 15 4 33.67 +17 11.3 0.880 0.294 16.0 2.4 16 4 43.27 +15 7.8 0.865 0.324 17.8 2.8 17 4 52.29 +13 1.7 0.853 0.355 19.7 3.2 18 5 0.82 +10 54.4 0.844 0.385 21.6 3.5 19 5 8.92 + 8 47.2 0.837 0.415 23.6 3.8 May 20 5 16.67 + 6 40.8 0.833 0.444 25.6 4.1 21 5 24.10 + 4 36.0 0.830 0.473 27.6 4.3 22 5 31.25 + 2 33.3 0.830 0.502 29.5 4.6 23 5 38.15 + 0 33.3 0.831 0.530 31.5 4.8 24 5 44.83 - 1 23.9 0.833 0.558 33.4 5.1 May 25 5 51.31 - 3 17.8 0.837 0.585 35.3 5.3 26 5 57.60 - 5 8.3 0.843 0.612 37.1 5.5 27 6 3.72 - 6 55.3 0.849 0.638 38.9 5.7 28 6 9.69 - 8 38.6 0.857 0.665 40.6 5.9 29 6 15.52 -10 18.3 0.865 0.691 42.2 6.1 May 30 6 21.21 -11 54.2 0.875 0.716 43.8 6.3 31 6 26.77 -13 26.6 0.885 0.741 45.3 6.4
なお、太陽観測宇宙天文台ソーホーを人工衛星と紹介している新聞を見かけましたが、 ソーホーは地球を回る衛星ではありません。これはラグランジュ点と呼ばれる力学上 の平衡点に置いた人工天体で、いつでも太陽と地球を結ぶ直線上、地球から太陽に向かっ て約150万キロメートルのところにあって、太陽観測をおこなっている天文台です。 地球と一緒に1年に1回の割合で太陽を回っていますから、一種の人工惑星といってもい いかもしれません。
このソーホーは、上記の C/1998 J1 を含めて、これまでに全部で44個もの彗星を発 見していて、これらはすべてソーホー彗星と呼ばれます。これらソーホー彗星のほとん どはクロイツ群といわれる「太陽をかすめる彗星」の群に属します。この群の彗星は近 日点距離が0.01天文単位以下、多くは0.0055天文単位程度で、太陽表面すれすれにまで 近付く性質があります(太陽半径は0.0047天文単位)。そのため、太陽に接近して急激に 明るくなったときに、ソーホーによって彗星として観測されるのです。その後太陽から 遠ざかるとまた暗くなりますから、ソーホー彗星の大部分は地上から観測することがで きません。
しかし、クロイツ群には属していないソーホー彗星も、これまでに C/1997 H2, C/1997 L2, C/1998 J1 と3個発見されています。この中では、今回話題になっている C/1998 J1 がもっとも明るいので、地上からの観測が期待されるのです。
参照 | IAUC 6894(May 5,1998). |
MPEC 98j21(May 11,1998). |
1998年5月14日 国立天文台・広報普及室
訂正 : 天文ニュース(171)の「あかえい星雲」の記事で、SAO星表の出版年を 1996年とお伝えしましたが、正しくは1966年で、タイプミスによる誤 りでした。お詫びして訂正いたします。