星の名前、決めちゃいました(6)

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今回もお越しいただきありがとうございます。回を追うごとに投稿間隔が開いてる気がしますが、特殊な脈動変光星でも観測しているつもりで寛大な心でご覧ください。

第1回 導入
第2回 アルファベットからカタカナへ
第3回 固有名の「意味」
第4回 中国由来の固有名
第5回 インド天文学の星

これまでギリシア・ローマ、アラビア、そして中国とインドに由来する星の名前を見てきました。今回はそれ以外の地域から加わった固有名に注目します。

グローバルな固有名

まずは現在IAUが承認している星の名前を起源で分類してみましょう。ただし、2015年と2019年に行われたキャンペーンで付けられた名前(伝統的な呼称とは無関係に新たに付けられたもの)は除外してあります。

言語由来する固有名の数
アラビア語199
ラテン語39
ギリシア語28
中国語11
オーストラリア先住民の諸言語6
合成された言葉5
ペルシャ語4
サンスクリット(インド)3
コプト語(エジプト)3
英語2
ヘブライ語2
シュメール語(古代メソポタミア)2
タヒチ諸語(南太平洋)2
ハワイ語1
ムルシ語(エチオピア)1
ナマ語(アフリカ南部)1
ユカテカ語(メキシコ、古代マヤ)1
トルコ語1
起源不明11
IAUが承認した恒星の固有名を、由来となった言語で分類。古い名前(特にアラビア語起源)に関しては長い伝統の中で大きく変形されたり、他の言語と混ざったりしたものもあるが、1つの固有名につき起源は1つとして無理矢理当てはめている

思ったほど南じゃない?南半球由来の星たち

今回注目したいのは、オーストラリアやタヒチといった南半球の地域です。これまでの恒星固有名は北半球からの視点で付けられたものばかりだったので、ヨーロッパなどからは見えない天の南極付近の星をカバーするために南半球の人びとの知識を借りることにしたのだな。オーストラリア先住民らの恒星名が採用されると聞いて、最初私はそう思ったのですが、実際に名前がついた星を見るとそう単純でもありません。

固有名カタカナ意味話した人びと星座と符号または番号等級
Ginanギナン知識の歌が詰まった袋ワルダマン族(豪)みなみじゅうじ座ε星3.59
Gudjaグジャメルテンスオオトカゲワルダマン族(豪)へび座κ星4.09
Guniibuuグニーブーサンショクヒタキ(鳥)カミラロイ族(豪)へびつかい座36番星4.33
Larawagララワグ通過儀礼の監視者ワルダマン族(豪)さそり座ε星2.29
Pipirimaピピリマ天に逃げた双子の男女タヒチ(ポリネシア)さそり座μ23.56
Tiakiティアキ神話の登場人物トゥアモトゥ諸島
(ポリネシア)
つる座β星2.07
Unurguniteウヌルグニテ神話の登場人物ブーロン族(豪)おおいぬ座σ星3.49
Wurrenウレン子ども(の魚)ワルダマン族(豪)ほうおう座ζ星3.94
Xamidimuraハミディムラライオンの両目ナマ人
(南アフリカなど)
さそり座μ13.00
IAUが採用した、南半球由来の星名
南半球由来の名前を持つ恒星の位置を全天星図で示した。黄色い点線はカノープスの赤緯

確かに大半が南天にはあるのですが、思ったほど南ではないという気がしませんか。東京などではぎりぎり見える星であるカノープスの赤緯を基準とすると、9個中7個が、日本からでも割と簡単に見える星です(残る2つも沖縄からなら見えますが)。

カノープスより南には、今も無名のままの3等星が結構残っているのですが、どれも散らばっていて目立つ星群を形成しているものはありません。それらを差し置いて天の川の中の4等星などに名前がついているということは、物語は星が集まっているところで作られやすい、ということを教えてくれますね。

星名が集中しているさそり座などがいい例です。豪州北部のワルダマン(Wardaman)族は、さそり座のあたりに成人の通過儀礼を思い描いたそうで、天のリーダーの妻であるメレレベナ(Merrerrebena)=アンタレスを中心に儀式に関わる人びとが星になっています。今回採用されたララワグ(ε星)は、資格を持たないものが通過儀礼に参加していないかチェックし、「始めてよし」の合図を出す人物なのだとか。

ウヌルグニテ(おおいぬ座σ星)自体は暗い星なのですが、豪州南東部に住むブーロン(Boorong)族の人びとは、両脇にある2等星(ε星とδ星)を2人の妻とした男の姿を想像したそうです。

カタカナに込めたリスペクト

さて、そんな風に固有名の背景にある物語を知るのは新鮮で良いのですが、何分まったく知らない言語の言葉ばかりなので、発音を決めるのには難儀しました。

皆さんは上の表を見て「Ginanはギナン、Pipirimaはピピリマ、単純にローマ字読みしてるだけじゃん」と思われたかもしれません。しかし、そう単純には決めつけられないのです。

まず、元の言語からアルファベットに転記される時点で、アルファベットでは表せない発音は失われているはずです。アルファベットに直した単語は、その時点で「近似」されたと考えるべきです。それをさらにカタカナに「近似」したら、ズレは大きくなってしまうかもしれません。それを避けるには、なるべく忠実に元の発音を理解するべきでしょう。

とはいえこれらの固有名を正しく発音してくださるネイティブとすぐに連絡が取れるわけではないので、各言語の正しい発音を教えてくれる情報源を探しました。

南半球では一番多くの固有名を輩出することになったワルダマン族のワルダマン語に関しては、ちゃんとした文法書を出典とした英語版Wikipediaの記事があったので助かりました。そこにはワルダマン語で使われる発音の一覧があったりするので、発音記号を確認し、アルファベットでの正書法(発音がどのように表記されるかの決まり)も調べ、ようやく「giはギと表記する」と決められました。大学院で言語学を勉強しておいてよかった……!

ワルダマン語に存在する子音一覧(Wikipediaより)

他の言語もこんな感じで発音を決めていきました。もちろん北半球の言語でも同じ方針でやってます。

まあ、結局は一部の例外を除き、ローマ字読みになってしまいました。しかし、発音を調べるのに時間をかけたことは後悔していません。IAUがこれらの固有名を付けたのは、空白を埋めるためではなく、その起源となった星空文化へのリスペクトのためだったはずです。各固有名の背景にある豊かな文化を全て理解するなど、私には不可能ですが、言語を通じてその一端には触れることができました。不完全ながらもそれぞれの文化を知り、自分なりのリスペクトを込めたのが一連の作業です。

ステラナビゲータで見慣れない名前を見かけた人にとって、それが未知の文化に近づくきっかけになればと願っています。少なくとも、元の発音に一番近いカタカナを選んだつもりですので……

ペアじゃなきゃ成立しない名前なのに……

今回の固有名、というか全ての固有名の中で、一番発音を想像しにくいのがXamidimura(ハミディムラ)ではないでしょうか。何しろXで始まってる時点で普通の発音ではあり得ないことが伝わってきます!

Xami di mura は南アフリカ・ナミビア・ボツワナに暮らすナマ人が話す「ナマ語(コイコイ語とも呼ばれる)」です。アフリカ南部の言葉は吸着音(舌打ちのように舌を口内のどこかに当てて発音する)を多用するなど、発音が独特なんですよね。幸い、ナマ語の音韻論に関する情報はネット上で充実していたので、正しい発音を突き止めるのには苦労しませんでした。

ナマ語のxaは無声軟口蓋摩擦音です。こう聞くと何のこっちゃって感じですが、Wikipediaには「日本語ではン・ッの後のハ行子音」というわかりやすい情報があります。そこで「ハ」というカタカナをあてたわけですね。

ところで Xami di mura は「ライオンの両目」という意味です。両目?そう、本来こう呼ばれていたのは肉眼二重星であるさそり座μ星でした。ところがIAUの方針で厳密に「1つの構成に1つの固有名」という決まりになったため、この名前は二重星の片割れ、μ1星にしかついてません。ライオンの片目ですね。

もう片方のμ2星にはピピリマという名前がついてます。これはタヒチ語で「ピピリたち」という意味。いじわるな親から天空へと逃げた双子の兄・ピピリと妹のレフアの姿をさそり座μ星の二重星に重ねています。

ハミディムラとピピリマ、どちらも本来は2つの星を指していた言葉なのに、強引に引き裂かれてしまったような印象もあります。他にやりようはなかったものでしょうか。しかしこれはもっと大きな問題の一部なのかもしれません。

何のための固有名?

IAUが決めたことについては賛否両論あると思いますが、ここからは私の一個人としての考えを述べたいと思います。

世界各地の天文文化を尊重することが大事であることに、異論の余地はないでしょう。しかし、従来の固有名からあぶれた「余り物の星」に継ぎ接ぎのように異なる文化圏から名前を持ってくることが文化を尊重していると言えるかは別の問題だと思います。たとえば中国の伝統的な星座名は、天の北極を中心とした天官の体系の中に位置づけることで初めて意味を持つものが多いので、それを切り取って一部の星座名だけを恒星の固有名として認定することには違和感を覚えます。

また、本来はいくつかの星の集まりに当てはめられていた名前を、単独の恒星の固有名に変えてしまったことも問題点として挙げられるでしょう。ただし、これについては「前例」があります。アラビア語由来の恒星名の中には、元々星宿の名前だったものがいくつかあるからです。

本当に天文の多様性を大事にするのであれば、異なる文化に由来する固有名をキメラ的にくっつけるのではなく、1つの恒星が異なる文化では異なる名前を持っていたことを認め、いろいろな星座体系が共存している状態を良しとするべきなのではと私は考えます。もちろん、IAUはWGSNの活動とは別に天文の文化に関する研究と理解を深めるための働きかけも積極的に行っているので、無理解のまま新しい固有名を定めた訳ではないはずですが……。皆さまはこの問題、どう考えますか?

<主な参照文献>
The Conversation : The stories behind Aboriginal star names now recognised by the world’s astronomical body
IAU(国際天文学連合):Naming Stars https://www.iau.org/public/themes/naming_stars/

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