Part-1 皆既中の月の色と明るさ


 前回の2000年7月16日の皆既月食は、ご覧になられましたでしょうか? 前回の皆既月食は食分が深く、皆既中の深い赤い色が印象的でした。そこで、今回の1月10日の皆既月食についても、色と明るさがどうなるか予想してみました。皆既中の月面の明るさはおもに大規模な火山噴火と食分の深さ、それに大気による減光の3点が効いてきます。以下にそれぞれの要因ごとに、その効果をまとめてみました。

● ダンジョンスケール
 皆既中の月面の明るさを示す指標として、“ダンジョンスケール”という指標があり、これをもとに個々の皆既月食での皆既中の月面の明るさが比較されています。93年6月4日の皆既月食はきわめて暗く1.0〜1.3程度と見積もられています。前回の2000年7月16日の皆既月食は、ダンジョンスケール2.5程度(皆既中心時)と筆者は見積もりましたが、皆さんはいかがでしょうか?

ダンジョンスケール
0 きわめて暗い。肉眼でほとんど見えない。
1 暗い。灰色・褐色。表面模様の識別が困難。
2 暗赤色・錆色。本影付近かなり暗い。
3 レンガ色。本影縁は明灰色・黄色。
4 明るい。赤銅色・オレンジ色。本影・半影の境界域が青みがかる。

 

● 大規模な火山噴火

 大規模な火山噴火があり、噴煙が大量に成層圏に注ぎ込まれると、噴煙中に含まれる硫酸成分によって硫酸性のエアロゾルが発生します。硫酸性エアロゾルには、

  1. 太陽光を大きく散乱し、直達日射量を減少させる。
  2. 降水のない成層圏ではなかなか除去されず、大規模な火山噴火の場合数年間漂い続ける。

といった特徴があります。そのため、一度成層圏まで噴煙が届く噴火があると、直接届く太陽の光が減少する期間が長く続くことになります。実際1993年6月4日の皆既月食は、2年前にあったフィリピンのピナトゥボ火山の噴火の影響が大きく残り、ひじょうに暗い皆既月食となりました。

 しかし、現在では、成層圏のエアロゾルの量はすっかり基底状態に戻っており、成層圏はクリアです。下の図は東京都立大学工学部にて捉えられた成層圏大気の汚れ具合(正しくはエアロゾルによる後方散乱計数)の経年変化です。都立大学のある八王子では、1992年の春にもっとも大気の汚れが進んでおり、噴火から2年以上経った1993年6月4日の月食でもその影響は色濃く残っていました。しかし、1999年10月の時点での汚れぐあいは当時の5%にも満たず、成層圏の汚れぐあいはすっかり基底状態に戻ってしまっています。
 1999年から2000年にかけては、一時的に三宅島の噴火の影響が少しみられた時期がありましたが、現在ではその影響もなくなっているとのことです。したがって、今後このまま推移するならば、1月10日の月食では、大規模な火山噴火の影響はほとんど無いと言ってよいでしょう。

成層圏のエアロゾルの量の経年変化

● 成層圏のエアロゾル量の経年変化
 東京都立大学工学部のライダーにて捉えられた後方散乱断面積の経年変化(1999年10月25日以降は点線)。現在の成層圏大気の汚れぐあいはバックグラウンドレベルに戻っており、成層圏はクリアだ。
データ提供:東京都立大学工学研究科電子通信工学講座 長澤親生教授

 

● 食分の深さ

 成層圏の大気がほとんど汚れていないのなら、前回の皆既月食は明るく見えておかしくなかったはずです。しかし、実際には最大食の時の月面は暗めに見えていました。
 その理由は、月が地球の影のほぼ中心を通ったためです。同じ地球の影の中でも、より影の中心部になるほど月に届く光の量は少なくなります。前回の皆既月食は、この影響が強く出て暗い月面が見えていました。また、同じ理由により、皆既月食の始まりと皆既の中心とで、月面の明るさが大きく異なり、皆既中に月面の色と明るさが移り変わっていくようすを楽しむことができました。

 今回の月食は、地球の影の中心から外れたところを月が通ります。このため、皆既中の月面の明るさは前回より明るくなることでしょう。また、皆既中の月面は右側が明るく左側が暗くなっているようすもわかることでしょう。

 

前回の皆既月食の際の地球の影と月の経路

今回の皆既月食の際の地球の影と月の経路

● 前回(上)と今回(下)の地球の影と月の経路の比較
 地球の影の中を月が動いて行く経路が、前回と今回では異なってる。前回は地球の影のほぼ中心を月が通過したが、今回は中心をややずれて通る。この違いにより、今回の皆既中の月面の明るさは、前回よりやや明るいと想定される。

 

● 大気減光

 大気減光とは、天体からの光が地球大気を通過することにより、その明るさが低下する現象のことです。みなさんも地平線近くに月が上ってくるのが見えたとき、月の色がだいぶ赤味を帯びているのを見たことがあるのではないでしょうか?
 天体からの光は、大気の通過距離が長くなるほどその明るさが弱くなり、色も赤みを帯びてきます。これは、夕暮れの太陽の色が地平線に近づくほど赤味が増すのと同じ原理によるものです。今回の月食の後半には、月の高度がだいぶ低くなってくるので、この大気減光の影響が目立ってきます。そのため、皆既が終了し復円してゆく月が、徐々に赤みを帯びてゆくようすがわかることでしょう。
 また、月食を見ている場所の空がかすんでいる場合には、大気減光の効果はより強くなります。今回の月食の経過を写真に撮ってみると、皆既中の月面の強烈な赤と、復円中の月面のほんのりとした赤味の対比が美しいことでしょう。

今回の月食と似たような条件で起こった、1990年2月10日の月食

● 皆既中の赤色と大気減光による赤色の違い
 上は今回と似たような条件で起こった1990年2月10日の皆既月食のときの写真。このときの皆既月食も早朝西の空で起こった。左下の月の色が赤っぽいのは、月の高度がだいぶ低くなってきていことによるもの。上に書いた大気減光によって赤くなっている。これに比べて皆既中の月の赤色はかなり強烈だ。これは、皆既月食中の月面に届く太陽の光は、通常の夕焼けの2倍の距離地球大気を通過しているためだ。皆既月食の月面が強烈に赤いのは、夕焼け2回分の赤さなのである。

 

● 今回の月食の明るさはどうなる?

 以上を結果から、結局今回の月食での皆既中の月面の明るさはどの程度になると予想されるでしょうか? まず成層圏はまったくクリーンであり火山噴火の影響は今回もほとんどありません。この点は、前回の皆既月食と同じです。しかし、今回の月食は前回に比べて食分が浅く、前回のように地球の影の中心まで月が入り込むことはありません。したがって、食分が深くなることによって皆既中心の月面が暗くなる効果は前回ほどはないでしょう。大気減光は、皆既が終わった後にはだいぶ効いてくると思われますが、皆既中にはそれほどでもないでしょう。ただ、かすみがかかった空の場合には、その濃さに応じて月面も暗く見えることになるでしょう。

 以上を総合してみると、今回の皆既月食は前回の2000年7月16日の皆既月食よりもやや明るい皆既月食になると予想されます。ダンジョンスケールは3.5程度といったところでしょうか? レンガ色の皆既月食が見られることでしょう。また、皆既中の月面はその右側と左側でだいぶ輝度差があり、右側が明るく左側が暗くなっていることもわかるでしょう。また、皆既が終わった後の月面にも赤味が差しているのがわかることでしょう。

 過去に起こった皆既月食の明るさがどうであったか? また、前回の皆既月食の明るさがどうであったか? などについては、FAS府中天文同好会の怪鳥氏が詳しいレポートをまとめていますので、ご参考ください。

<リンク>
FAS府中天文同好会
2000年7月16日の皆既月食の情報 - 過去の皆既月食ギャラリー

 

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